拾う(1)
しばらく毎日更新します。
動物臭がする草原を寝っ転がる。たまに風がそよぐ雲一つない快晴は少し暑い。
団長の顔見知りから牛の群れを見たと聞き、追込み猟をかけているところだ。どういう身体の仕組か、反芻動物は魔道で特殊加工したカードを食わせるとたまに特殊技能を付与して吐き出す。ちなみに、カードは誰が食べても安全な素材で出来ているらしい(だけどすごく不味かった)。吐き出すのは餌のお礼と一般に言われているが、仕組みの説明になっていない。素人が考えてもわからないけど、今暇なのだから仕方ない。
昔かけられた呪いのせいで、私は大体の生き物から恐れられやすくなった。敏感な野生の生き物はある程度の距離で私に気づき、私のいる方向には近付かない。
これを利用して適当な場所に私を置き、牛の逃げる方向を絞って追いかけるという、うち独特追込み猟が出来るのだ。しかし、私としては来るわけないとわかっているから退屈だ。流れる雲があればまだ少しは楽しいのに。ぼんやり青空を眺める。
寝転んでからニ刻ほどたったころ、地面から振動を感じた。身体を起こし周囲を見渡す。
「おや」
縁起悪く丑寅の方角から真っ黒な牛の集団が大きく拡がり迫ってくる。モーモーモーモーやかましい。カードは持ってない。どうやって避けよう。助走なく飛び跳ねても滞空時間は短い。こんなことめったにないし、せっかくだから避けずにこのまま突っ立って飛び乗ってみるか。
……。
…………。
……………………。
はやいでかいヤバイ。このままぼんやり突っ立っての牛死はごめんだ。あんなにでかかったのか。いつも遠目で見てるだけだったけど本当でかいなどうしよう。走っても間に合わない。頭と腹守って横になるしかない。地面に伏せて甲虫のように体を丸め、過ぎ去るのを待つ。音が最大限に大きくなると、どんどこ踏まれた。想像していたより痛くないが、砂煙で息がしにくく苦しい。
ふっと体が宙に浮き、息苦しさがなくなる。ポスン。目を開けると牛の背中が見えた。乗せられたみたいだ。生れて初めて牛に乗れて感動する。毛は触るとごわごわしていて、ツヤツヤのピッカピカで金色に輝いている。
「本物?」
金粉でもまぶしているのかと疑う。軽くはたくも変化はなく、完全に地毛だ。
牛に乗りだだっ広い草原を駆けるのはとても楽しい。白い雲が出てきて、景色を楽しんでいる場合ではないどこまで走るんだどうやって降りよう。
声をかけるか、脇腹を蹴るか、首をしめるか。
牛語は知らない、加速されても困る、じゃあ気を失わせて止まらせよう。後ろを確認する。集団の後方だから急に止まっても大丈夫だろう。
手を少しずつ首に持っていく。真ん中ぐらいでギュッと力を込める。
「ブモッ!」
金牛ののけ反らせた頭が私の顔面にクリーンヒットする。目の前が真っ暗になった。
寒くなって目を開けると茶色の地面。どこかの洞窟で捨てられたのか。寝返りを打つ。
きれいな横顔があった。
あんまりにもきれいでびっくりする。びっくりしすぎて、壁際まで一気に跳ねて頭を打った。
心臓がばくばくいう。落ち着くために深呼吸。よく見たらきれいな人は全裸だった。なぜ私の隣で寝ている。でも見知らぬ野郎の隣で全裸で寝る性癖が帳消しになるレベルできれいだ。
ただ、全裸の少女と話し合うのは絵的にも精神的にも問題が多い。エプロンを外し見ないようにして少女にかける。足がちょっと出るくらいで、表面を隠すには十分だ。これをそのまま後で着るのはいけない気がする。洗濯してからにしよう。
「もしもし。起きてください」
そっと触れた肌はひんやり冷たい。身体をゆするも無反応。今度は少しきつめに。それでも身じろぎひとつしない。脈はあるから生きているようではある。
「……?」
よく見ると手にうっすら枷の跡。反対の手にも、両足にも。もしかして脱走奴隷か。公的に奴隷制度は禁止されているも、実状はお察しだ。これは関わるとめんどくさいやつかもしれない。
コロンと少女の体をひっくり返す。背中に傷はない。……男だ。まさかの男だ。さっきあまり見ないようにしていたから気づかなかったけど、男である。ジロジロ見るのもどうかと思うが、間違いなく、揺るぎ無く、男だ。
「あなた男性なんですか」
すっごくきれいだけど男だ。副団長も見た目麗しい美女だがその比ではない。世の中信じられないことが多すぎる。
こんなに顔が整っていて、髪も金の鋳物のように光沢がありさらさらで、肌は、……肌色はちと悪い。ハ類の腹じみた怪しい白さだ。それでもその美貌は損なわれることはなく、余計魅力を増している。だがこれで男とは。
ざっと身体を検分したところ、少年の体には両手両足の薄い枷の跡以外に傷らしきものはない。奴隷なら枷跡があってもおかしくないが日焼けもない。妙にきれいだし、観賞用か、性奴……そこまで調べる気は起きないし、きっと彼も嫌がるだろう。再びエプロンを彼にかける。
一息つくため一服。
霧散する煙を見ながら考える。私をここまで連れてきたのはあの金牛だろう。
目的はあるのか。例えば、隣の全裸を保護してもらいたいなど。こんなきれいなのだから貴族などかなり裕福な商人の奴隷で、自分に懐いている金牛に乗って逃亡したとか。ダメだ、目立ちすぎる。しかも逃げるなら牛よりも馬や駱駝などが向いている。他には何があるだろう。
考えてもわかるわけないので思考を止める。そもそも何を考えるべきかわからない。バカは不便だ。自分のわかることとわからないことの区別さえつきにくい。
私が今わかるのはこの洞窟の構造くらいだ。右手側に出口があり、森が見えている。煙草を携帯灰皿に詰めて、新たな煙草を咥えて洞窟から出た。地面には一頭の牛の足跡。足跡を辿りながらさくさく歩く。いい感じの棒が落ちていたので振り回す。楽しい。振り回していると、木の実が落ちてきた。確か、追い込み猟の前に寄った街中の民家にもなっていた。あまり離れた場所ではなさそうだ。広域に分布している木だから少し自信はないが。
「モゥ」
ふらふらうろうろしていたら金牛に出会えた。
「こんにちは。乗ってもいいですか」
「モゥ」
かがんでくれた。ひゃっほう。さっそく飛び乗る。動物に触れることなんてめったにないので触りまくる。何度触っても金の毛並ははげない。嫌がることなく触らせてくれて楽しい。動物と戯れることは私のささやかな夢の一種なのだが呪いのせいで叶いそうもなく、半ば諦めかけていた所でこいつだ。ああ、楽しい。欲を言うとふわふわの長毛種と戯れてみたいがそれは贅沢というものだ。
そういえばヴィラン帝国領のどこかに、金の毛並を持つ豚がいると聞いたことある。
「もしかしてあなた、豚だったり」
「ンモゥッ」
否定された。そりゃそうだ。がんばっても豚には見えない。
「失礼しました」
「モー」
のこのこ揺られて全裸の眠る場所まで戻った。
降りてほしそうなので降りる。金牛は角を使い器用に全裸を背に乗せた。尻丸出しはかわいそうなのでエプロンを背中側にかけてやる。体温に変わりはない。どう見ても気配もヒトであるが、もしかしてハ類などの変温動物が人型に変身しているのだろうか。魔法が使えたら多少は判別できるのに。
金牛は森に繋がる出口とは反対方向に歩き出す。洞窟は短く一刻も経たないうちに抜け、また森だった。金牛とサクサク進む。
私から逃げない動物はこいつが初めてで乗りたいのに、きれいな坊ちゃんは起きる気配がない。
「なんで、この人ずっと起きないんですか?」
金牛は首をかしげる。知らないらしい。
下手に一人で行動するよりと思って一緒に行動しているが、彼は厄介事の種かもしれない。面倒はごめんだ。いざとなったら逃げよう。でもせっかくなので離れることを躊躇ってしまう。
夜になった。いつになったら出れるのやら。嘆いても仕方ないので木の実とポケットに入れていたお菓子と水のカードで食事をとる。金牛は適当な草を食み、少年はあいかわらず眠ったままだ。お菓子からは犬笛が出てきた。あとは鼻笛が出てきたらコンプだ。
「この人は何しても起きませんし、食べなくても大丈夫そうですね」
「モーゥ」
少年の髪をすくい上げる。さらさらと手からすべり落ちた。上等な絹のようで触ると気持ちがいい。
彼はどんな人なのだろう。どんな眼の色をして、どんな声で話すのだろう。
ーー船のやつらやろくでもない友人達のように、人格に問題があるタイプじゃないといいな。経験上、私の友人はパターンに差はあれ美しいほど性格に問題ある野郎が多い。
「優しいヒトだったらいいな」
「モッ?」
金牛が首を傾げた。船のやつらのこと知らないからな。
「独り言です。寝ましょうか。見張りはいりません。魔物もよっぽどのじゃないと私に寄り付かないんです」
伝わるか知らないが説明する。このくそったれな呪いは魔物にすら効果がある。ひどいときは発狂して自分から死に至ることもあるほどだ。そのおかげで一応は安心して寝れるけどいい気分ではない。血の海で寝ている酔狂な男というのは何かと誤解されやすいからだ。
「おやすみなさい」
「モゥ」
明日には飛空艇団のやつらと合流できますように。
この願いはあっさり叶った。
眩しい朝日が目に染みる。瞼を開くと森で野宿をしていたはずが、一面緑で風が爽やかな動物臭のする草原。金牛はいない。狸に化かされたか。だが、裸エプロンはいる。何がどうなっている。いつの間に移動したのだろう。どんなに深く眠りこけていても、ここまで動かされたなら気付くはずだ。
バラバラと船の音がする。見上げると飛行船があり、錆浅葱色の小柄なマーモットの--ドルダーハだ--声がした。
「サーーン! お前どこに行っていたんだ!?」
「牛に気を失わされて森に連れていかれてました! おなか減ったのでご飯ください!! ご飯! パンじゃなく白米ですよ!!」
最後まで聞く前にドルダーハはひっこんでしまった。彼女はパン派だからパンを出されるな。
船が草原に着陸する。少年を抱いてひとっ跳び。甲板にはドルダーハのみ。他の奴らは寝ているのだろう。ご飯は用意されていなかった。
「2日ぶりだな」
丸一日は寝ていたのか。
「そいつは? 随分な格好だが」
「念のために言っておきますが、この方は男です」
ドルダーハの眉間のしわが深くなる。
「いつも男とベタベタしてるとは思ってたが、やはり……」
やっぱりホモ認定された。勘弁してほしい。いや、いつもつるんでいるヤツらが迎えに来なかっただけましだ。彼らなら絶対からかって、まともに話を聞かない。その点、ドルダーハなら話はちゃんと聞いてくれる。疑いもすぐに晴れるはずだ。昨日のことをかいつまんで話す。
「まるで、その牛がお前にその少年を託したようだな」
「なんでそうなるんですか。餌をとりにどこかに行ってるだけで、回収しにくるかもしれません」
説明なしに眠ったままの全裸を託されても困る。
「朝からずっとこの付近を飛んでいたが、金の牛なんて見なかった。それに、近辺に森はない。牛が2人も乗せて移動出来る範囲なんて、たかが知れているだろう」
意味がわからない。託すにしても何故私が選ばれる。チョイスがおかしい。そもそも、私から逃げない時点でおかしかった。初めて触れたものだから喜びだけで何も考えなかった。もしや、何か意味があるのか。
「とにかく、中に入ろう。考えても埒があかない。なに、今更一人増えたって団長は怒らないさ」
ここに放置という選択肢は、彼女の中にないようだった。