出掛けました
あれから二日。
側妃のことも口にせずに、エーネはこの村に馴染んでいた。
「それ取って。」
「ん。」
ちらっと振り返って目で合図したら、ちゃんと理解して必要な調味料を取ってくれる。
それを受け取ってパッパッと鍋に振り入れ、ん、と返すと当然のようにそれを元のところに戻してくれた。
なんかツーカーの夫婦になったみたいでくすぐったい。
でもエーネはただの使者なんだよね。
今のところ、あなたを連れて行かないと自分も帰れないとかは言い出してこないけど、どういうつもりなんだろう?
ズボンもシャツも綿100%の村の青年風な格好になったエーネをそっと見る。
食器棚からお皿を取り出しているエーネは背筋がぴんと伸びて姿勢が良い。
人当たりも良くてすぐに村にも溶け込んだし、畑仕事もイヤな顔一つせずに手伝ってくれる。
うーん、と考えながら鍋をぐるぐるかき回して、少し小皿に取って味見した。
「うん、今回もばっちり。」
おたまを持ったまま振り返ると、エーネがコップも出していた。
よく気が利く人だと素直に感心できる。
でも手つきがちょっとぎこちなくて、家でもやったことがなさそうなのは感じてた。
服装といい空気といい、もしかしなくても良いトコのお坊ちゃまなんじゃないの?
お皿に盛りつけたスープと少しパサついたパンを前に、じとーっとエーネを見つめる。
コップにミルクを注いでいたエーネが気づいて、不思議そうな顔で見返してきた。
「エーネって、」
いつまでいるの?そう聞こうとして口ごもる。
それを聞いたら終わりな気がして別のことを口にした。
「明後日の収穫祭、楽しみだね。」
ここに来て初めてのお祭りなんだーって笑いながら言うと、エーネも笑って頷いた。
「そうだね、どんなことをするんだろう?」
「クッキーとかサンドウィッチとか食べられるってルテおばさんが言ってたよ。」
「あーあ、ナーナは食べ物ばっかりだ。」
クスッと笑って、エーネがミルクの入ったコップをあたしのとこと自分のとこに置くと、二人で揃っていただきますを言ってからスプーンを手に取った。
収穫祭の日がきて、今日が一番のオシャレ時だととっておきのワンピースを身につけた。
少し前にアミャおばさんに貰った、白地に赤いボタンが裾まで続いている前開きのワンピース。
娘さんがもう着ないからってくれたけど、ふんわりした袖にアンダーバストを赤い紐で絞っていてとっても可愛い。
ワンピースに合わせて白いリボンで髪を一部だけ纏めて部屋を出る。
部屋の外で待っていたエーネは、紺色の細身のズボンに白いシャツで、綿100%なのにいつもより格好良い。
「エーネってば王子様みたい!」
くふふ、と笑って言うと、ちょっと戸惑ったようなエーネも少し赤くなって微笑んだ。
「・・・ナーナもお姫様みたいで可愛いよ?」
エーネの思いがけない反撃に、そんなことを言われたことのない頭が一瞬止まって心臓が異常なくらい大きく脈打つ。
顔が熱くなって肺のあたりがきゅうっとなると、本気で倒れるかと思った。
広場までの道をエーネと並んでゆっくり歩く。
お世辞だとわかっていても少し照れくさくて、何を喋ろうか迷ってる間に言葉がなくてもいいような気がしてきた。
エーネはどう思ってるのかな?とちらっと隣を見れば、ほぼ同時にエーネもこっちを見てきて思いがけず目が合った。
それはただの偶然ぽかったけど、何だか嬉しいような恥ずかしいような変な気分で慌てて逸らしてしまってちょっと後悔した。
村の収穫祭は飾りつけを手伝ったときに思ったよりも大きかった。
道沿いの柵には可愛い花と蔓で編んだリースがついてるし、広場にはくるんくるんに巻いたリボンやたくさんの飾りがついていた。
その下で屋台のように木の机を並べて、お菓子やジュース、それにサンドウィッチやお酒など色んなメニューが並んでる。
出会うみんなと挨拶や世間話をしながら、全種類制覇に向け一つずつ完食していたあたしの手をエーネがそっと止めた。
「どうしたの?」
「これはナーナにはまだ早いんじゃないかな?」
エーネがこれと言ったのは可愛いピンク色をした果実酒だった。
ふっ、残念ねワトソン君。あたしはすでにこの世界では成人しているの。
たしかに、17で成人というこの世界に来たときは16だったけどね?
あたしはエーネに勝ち誇った笑みを向けた。
「エーネ、あたしの年齢いくつだと思う?17よ、17。ここではお酒を飲んでも良い年齢なの。」
だからあたしは飲む!そう意思表示するつもりでお酒の入ったコップを手に取り、エーネに乾杯をするように掲げる。
コップに口をつけても、エーネはもう止めなかった。