一 策動
その二、ぬえ鳥の夜
二人は、なかつかさ省(中務省)のオンミョウ寮に足を運び、オンミョウ頭たかはしのみさかに面会する。
「ご両人」
くだけたあいさつをした。
高橋御坂は、皇族出身ながら臣籍で、従五位。
「悪所の様子を見てきました」
刷雄が言う。
「お手数をおかけする」
いんぎんに手を着き、頭を下げた。
「いやいや。四角祭の験で、ラクチュウ(洛中)の清気はまぎれもないながら、依然、功徳が悪所にみなぎる毒気、臭気を祓うにはいたっておらず、悪気がもののけ(物気)となり、モウリョウが出没しております」
「モウリョウ(罔両)」
「左様。みずは(罔象、魍魎の別名)そこから、女神の験を勧請し、水を清めることが叶いそうです」
「おお」
たかはしのみさかは顔を輝かせる。
「素晴らしい。土工司が下水道を普請した上で、水の女神を勧請すれば、定めし、穢れが晴れ、新京は、真に水の都となりましょう」
目が光る。
「この件については、すでに、くろうど所(蔵人所)へ上書し、みことのりを請うております」
「愚見をソウモン(奏聞)に上げていただき、有り難うございまする」
「謙遜はやめていただきたいですな。われらの無能が浮き彫りになるようで」
「それこそご謙遜。オンミョウ寮はもそっとえらぶるべきですぞ」
刷雄が威儀を正す。
「本日、悪所で水辺の悪霊を浄化し、実際に、女神の功徳を勧請していたところ、思わぬ出来事がありまして」
「と言うと?」
「邪魔者が現れたのです」
御坂は、言葉もない。
てっきり、魍魎を女神へ昇華させる、怪異を神異へ廻らせる手順に、問題があるかのと思ったのだろう。
「邪魔者」
と、くり返す。
「道士です。赤い道服をまとった」
「方士が」
と、ますますけげんな顔をする。
神仙道の徒が、何故、悪所の汚水浄化に容喙するのか、さっぱり理解できない。
そういう様子だ。
(心当たりは、なさそうじゃな)
「大層な通力の持ち主です。世道とともに、女神のシンユウ(神佑、神の加護)を勧請する段までこぎつけていたのですが、あっけなく、破壇され」
「なんと」
二人の通力を覆した、ということより、女神が顕現していた神聖なfieldを破壊した、という事実の方が、重大だ。
「そやつの口ぶりから察するに、どうも、罔象女神の顕現をよしとせぬ一党がおる模様。なにか、心当たりはないものかと」
陰陽頭は、当惑顔だ。
(むう)
「女神の勧請を、ただちに断行した方が良いかも知れませぬな」世道が発言した。
「われらのみで、ですか」
「そうです。勅を待っていれば、あのものが、なにをしでかすことか」
「それは、よろしくありません」
と、御坂が言った。
「本末転倒となりましょう。おほみこころ(大御心、天皇のお心)を体現してこその公務。勅を待ち、みかど(朝廷)の正式な手順を踏んで、よき日(吉日)にしかじかの式次第を執行してこそ、祭りとなり、サイジン(祭神)を勧請できるというもの」
「は・・」
「社稷を祭るのです。国家の意志として執り行わなくては」
(フム。たていと〈経〉とよこいと〈緯〉をまじわらせるのじゃから、のう)
土地と社会と人と天意とーーー天地人がそろって祭られてこそのヂチン(地鎮)だ。
公務も帯びずに私人が出かけて、
祭神を勧請しました、
で、すむものではない。
processこそが肝要。
「たしかに、きちんと、おほやけ(公)の後押しを受けねば、祭事はまつりごとたり得ぬ」
と、世道に言う。
それから、御坂を見た。
「しかし、それならば、われらに横槍を入れてきた連中は、いかにして、正しき地鎮を執り行うつもりなのでしょうか」
「・・・」
沈黙。
だが、答えを持たない沈黙ではない。
むしろ、それがひしめいている。
さまざまなことが考えられる。この新京は、まだ、ういういしく、地鎮はその基礎だ。そこに介入すれば、将来の栄光を約束されることになる。
「友として、一陰陽師として、あなたにおうかがいいたしたい」
御坂が、刷雄を見る。
「藤原南家では?」
(ーーー)
藤原氏には、高名な藤原四家がある。
北家南家式家京家。
この内、いまをときめいているのは、式家だ。
南家も、かつては式家以上の勢威だったが、落ち目である。
十年ほど前に反乱を起こしている。
刷雄にとって、苦々しいどころではない。
刷雄は、南家の出身であり、反乱の首謀者に連座して、隠岐に流されている。
それどころか、彼の一族は、ほとんど処刑されているのだ。
反乱を起こしたのは、彼の父親だ。
刷雄が罪一等を減じられたのは、元遣唐使の経歴を評価されたことと、彼が優れた禅僧だったためだ。
確かに、落魄した藤原南家が、首尾良く川の地鎮におのれらの守護神、春日神をまつることができれば、水都・長岡での盛栄は約束されたようなものだ。
多少けちはついているが、依然、南家は有力貴族であり、朝に運動できる。
ただ、
「違いましょう」
と、刷雄は言った。
「それは、南家にとって、かつての繁栄を取り戻すのは悲願ですが、春日神を祀れば、藤原氏そのものが浮上します。そうなれば、目の上のたんこぶである式家もともに浮上しましょう」
陰のある笑いを浮かべる。
「われら藤原の、内訌の烈しさはご存じでしょう」
「ム」
「加えて、お忘れやも知れませぬが、われらはそもそもがなかとみ氏(中臣氏)で、神別の家。その祖はあめのこやね命(天児屋命)です。神々の司祭であり、われらは元来が祭事をつかさどる一族・・地鎮の際にあって、祭神を私するような真似はいたしません。下水道の神は、かわやの水神である罔象女神。この至当を枉げる非違は冒さぬはず」
「成る程」
いかなる思いがあるものか、御坂は苦笑する。
「第一、こうして陰陽寮に与力していることでもお分かりの通り、この刷雄、藤原南家有数の陰陽の達者」
かぶりを振る。
「南家が、その再興を賭して氏神を祀るのなら、必ず声がかかりましょう。それがしが誘いに乗れば、そもそも、こうして、陰陽頭が、悪所の地鎮に容喙するものがいるうんぬんを耳にすることはなかったはず」
「いかさま、ごもっとも」
成る程、刷雄が南家の人間である以上、その動向は明らかだ。
一方で、他の神別貴族、いや、家祖を神々とする家は、みな動機があることになる。
ながい天平時代が終わり、新京が建った。
そこに食い込みたいという思いは、誰もが持っている。
誰が?
「答えは出ませんな」
御坂が言う。
「ならば、われらの手を急がせましょう」
「是非に」
「蔵人所へ、催促を。まあ、四角祭の霊験がさほどではない以上、つづけての奏上は、いささか通りにくうございましょうが」
「謙遜、謙遜」
刷雄が、手を振った。
「御所では、定めし、洛中の空気が清気みなぎるものとなり、時に霞や雲から、まんじゅらく(万秋楽)が聞こえてくると、評判になっていることでしょう」
これは、本当だ。
四角祭は、外部からの悪いものの侵入を拒む。それだけに、内患の疫病はますます猖獗をきはめて(極めて)しまうが、悪所以外の場所では、霊験があきらかになっている。
「さらにだめ押しという形で、ひとつ」
「あなたは、四角祭の失敗をご存じのようだ。弱みを握られておりますからな」
「はははは。いかに藤原でも、皇族出の貴殿を頤使しようとは考えませぬ」
「きわどいことを」
藤原なればこそ、冗談ではない。
高橋御坂は、式部省へ再度奏上するのみならず、神祇官を抱き込み始めた。
神祇官は、神事を司る役所で、かつては太政官以上の権力を持っていた。
現在は、長官である神祇伯であっても、従四位下。
現在の神祇伯は、おほなかとみ氏(大中臣氏)で、これは、要するに中臣氏の裔であり、藤原氏と同族だ。
藤原は、中臣は、祭司の家なのだ。
大中臣なにがし(大中臣某)は、高橋御坂を神祇官へ迎え、会談する。官位も格も神祇伯が優越しているが、高橋御坂は皇族出身であり、その押し出しは利く。
「朝が平城(奈良)において、仏法巨刹にほしいままにされていたことは自明。その影から逃れるためのこたびの遷都であり、それならば、一度は仏法にわたくしされた位置を、神祇官が占めるべきではないでしょうか」
無論、適切な範囲で、と、言った上で
「から心(外国産)より、やまと心(国産)で」
と、つなげた。
仏法は、から天竺(唐天竺)からもたらされたもので、渡来の思想。
神祇官のショクショウ(職掌)は、わが国振り(国風)だ。
「悪所に、いざなみ命(伊弉冉尊)より生まれた日本古来の水神を勧請することは、神祇官が本来のふさわしい位置につくための一助ともなりましょう」
「善哉」
大中臣某は、ニコリと笑う。
こうして、神祇官からも、奏上することとなる。
延暦六年卯月十六日。
ぬえが鳴いた。




