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兵主部壱 長岡混沌京  作者: ずずつすず
魍魎の街
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11/47

十 開く

 乙訓寺は、上宮太子が開かれた古刹、遷都に際して長岡の鎮守として、大いに増築されている。

 正門には、下げみずら(角髪)にした、利発そうな少年が立っていた。

 古風な利剣を腰に帯び、ほのかに彩雲が立ちこめている。

 (護法童子か善財童子か)

 世道は、うやうやしく合掌し、一礼する。

 

 境内には清雅な空気が漂っている。

 コンドウ(金堂)から、ドキョウ(読経)する声。

 この頃の仏教は、多分に、宗教と言うより、科学であり、とりわけ、空海や最澄が活躍する前は、その向きが強い。悟入に至る方法論なのだ。

 

 刷雄が唐土で学んだ禅定も、その一つだ。

 世道は、ほのかに香のかおるダウヂャウ(道場)で、座禅する。

 

 止観。

 

 心を単一の対象にとど(止)め、観を得る。

 

 世道は、おのれの法門の純化を迎えぬ、無明の胸中を見る。

 仏陀はここから解脱されたというが、世道は、この闇の大地から、おのれが予感する光明を得なくてはならない。

 

 しばらく、呼吸を整え、刷雄から伝授された秘訣を唱える。

 すると思わぬことに、おのれの内に広がる暗黒の地に、

 ちゃぷぷ、ちょろろ。

 と、水音が聞こえた。

 (!)

 

 世道は、おのれの精神を水音のした方へ向け、そこで、大地を這う、闇の下あを(碧)くきらめく、流れを見る。

 (川が)

 ちゃぴ。ちゃぽぽん。

 川水が跳ねる。

 あぶくが白くたぎる(滾る)

 その、水の流れ、泡沫の群がりが、ほとりに取り付いた、子供ほどの大きさの輪郭をなぞる。

 赤く光る目。馬のように伸びた耳。

 (人!? いや)

 も、ぞ、もぞぞ。小児ほどの大きさの、妙に黒々とした豊かなくし(髪)を持つそれが、小さくて固そうな歯が並んだ口中を見せる。

 み、

 い、

 いいぃぃぃいぃいいいぃぃいい~。

 と、ないた(哭いた)

 (も)

 水辺でのたうつ魔。

 (魍魎!?)

 なぜ、この水妖が・・啓示を求める自分に、この生き物が見えてきたのだ。

 (む、むう)

 魍魎の姿が薄れ、ぼやけたにじみになる。

 モウリョウ(罔両)はまた、影法師の周囲にできる、ボウっ(茫っ)とした広がりなのだという。

 荘氏に曰く「日既に山の端にかかれば、夜座しずか(静)に月を待ては影を伴ひ、あかり(燈)を取てはモウリョウ(罔両)に是非をこらす」

 夕暮れ時、ともしび(灯火)に浮かび上がる、影の端のにじみ(滲み)

 モウロウ(朦朧)とした、実態の知れぬもの。

 おぬ(隠、鬼)

 (うぬぬぬ)

 

 陰となった魍魎の向こうから、サンサン(燦々)と、ハクチュウ(白昼)の陽がさすーーー

 

 陽光。

 それを縁取るぎらつき。

 風。

 卯月の薫風なれど、そこには、おぞけ(怖気)立つような異臭が混じっている。

 陋屋が妙に密集し、それでありながら、手つかずの野が、そのまま広がっている。

 水路を流れる水は量が少なく、各戸が出す廃棄物や排泄物を、川まで流すことができずにいる。

 たれ流されるがまま、押し流されぬ生活廃水。

 (こなたは)

 悪所だ。

 水面に人糞が浮き、ぷかぷか、押し流されることなく、水に融けていくばかりのそれに、はえ(蠅)がたかっている。

 わんわんという、淫祠邪教の舞。

 刻々と気温を増す卯月の空気が、妖しの術を編み、疫病が沸く。

 (えい、おのれの想念の中でさえ、まじまじと目にしたくはないものよ)

 屎尿の融けた、油じみたきらめきを浮かべる水面。

 ここでは、水をかき乱すものもなく、水音もないまま、汚水が、流れる、というより、雲のように漂っている。

 (うぐぐ)

 

 不浄。

 垢。

 穢れ・・

 

 だが、ここで、ゾクリ、と、世道の心底をなぞる(擦る)センリツ(戦慄)がある。

 これと同じものは、兎角朝が早いこの時代の人ならば、よく味わう。

 

 来る。

 

 闇の向こう、山のあなたからーーそれがきざし(兆し)たとき、人一倍これに敏感な雄鶏の喉から、時が作られる。

 

 払暁。ライゴウ(来迎)

 

 暗闇の底で、底割れを起こし、日がおこ(興)る。

 

 キョクジツ(旭日)

 

 陰中の陰にあって、小陽が射しそめる(初める)栄耀の一瞬。

 

 汚穢と泥濘の底から、セイメイ(生命、清明)が芽吹くようにーーそれは、やってくる!

 豊穣。

 清浄。

 澄み切ったーーーー

 (お、おおおお)

 世道の止観が、そこに映ずる汚水のおもて(面)が、見る見る晴れて、明鏡止水のみかがみ(水鏡)となる。これまで、人世間の汚辱にけがされるがままだった水面が、磨かれた鏡のごとき澄明をたたえる。

 

 死に水のように停滞しつつ、活《い》き返る。

 (あああああ)

 

 ジョウハリの鏡(浄玻璃の鏡)・・閻魔の庁にある。

 人の来し方の罪悪を、残らず映し出すというーーーそうなのだ。

 

 穢れの底にはそれほどの澄明が、拓(・)け(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 みずゴリ(水垢離)という。

 みそぎという。

 穢れの極に達したとき、自然、それを払底させる、浄化のprocessが進行する。

 穢れたものは

 祓われるのだ。

 (こ、これか)

 そして、イザナギが、筑紫日向橘《つくしひむかたちばな》の小戸《おど》、檍原《あはぎはら》にて禊ぎしたおり、生じたものは・・

 みそぎ(禊ぎ)は、水削《みそ》ぎ。

 黄泉の国の穢れを、伊弉諾は水にてこそいだ。

 その結果、そこから、幾多の神々が結んだ(産霊んだ)

 やそのまがつひ(八十の凶霊)

 それを修正する神。

 海神、

 日の神、

 道の神。

 

 左目を洗った際にあまてらすおおみかみ(天照大御神)が。

 右目を洗った際につくよみのみこと(月読尊)が。

 鼻を洗った際にすさのをのみこと(素戔嗚尊)が。

 

 神話世界でも類を見ない、輝かしい生誕の瞬間が、穢れと水とpurify(浄化)とcatharsisの渦中から、開けたのだ!

 

 そして、ちゃぴちゃぴ、ちゃぷぷ、と、この清浄の水鏡を乱し、波紋を広げるものがいる。

 赤黒き肌に、長き耳、赤い目の魍魎が、豊かなくし(髪)の絡まるみどりごのごとき肢体を、もがかせて。

 無心に水と戯れ、あむ(沐む)。

 汚水ではない。この至純のしみず(清水)におのれを清めさせる魍魎は、まるで、うぶゆ(産湯)に浸かった赤ん坊だ。

 

 うぶごえ(産声)を上げる。

 

 

 座禅を組んだ世道の眼界から、止観の世界が去り、道場の床が戻ってくる。

 

 (戛然《かつぜん》、頓悟《とんご》)

 魍魎ーー罔両。

 モウリョウ(罔象)

 みずは(罔象)!

 

 (これじゃ。王道楽土が叶うかは知らず、せめて水清き水郷を実現せん)

 

 急ぎ立ち上がると、乙訓寺を辞し、図書寮へ向かう。

 

 

 

 

 


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