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『生存の配分 ── 上田合戦:徳川・真田、闇の合意』第七章  作者: あっちゅ寝太郎


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「なぜ史上最大の激戦・関ヶ原の裏で、上田合戦の死傷者は極端に少なかったのか? 真田の存続と、徳川秀忠の『遅参』。そこには家康と本多正信が描いた、武の時代を終わらせるための冷徹な国家設計図があった。」

第七章:木曽路、牙を隠す行軍(1600年9月9日〜14日)

1. 贅沢なる「足踏み」

九月九日、上田を後にした秀忠軍は、中山道の難所・木曽路へと足を踏み入れた。

本来であれば、関ヶ原の決戦に間に合わせるべく、昼夜を分かたぬ強行軍を強いるべき刻限である。だが、徳川の精鋭たちが目にしたのは、先頭を行く本多正信の、あまりに無様な姿であった。

「あな、苦しや……。持病の癪が、この老骨を苛む……。秀忠様、しばし、しばし休息を……」

正信は馬上で身をよじり、今にも落ちんばかりに苦鳴を漏らす。その芝居のあまりの白々しさに、先を急ごうとする若い将領たちは、苦虫を噛み潰したような顔で足を止めるしかなかった。

「弥八郎、大事ないか。道も険しい、無理は禁物だ。軍を止めよ」

秀忠は、冷徹なまでに落ち着いた声で全軍に休息を命じた。焦燥に駆られる将たちの背後で、正信と秀忠の視線が、一瞬だけ重なる。

(よろしいのですか、秀忠様。お主は今、歴史という名の帳簿に『遅参』という特大の汚名を刻んでおりますぞ)

(構わぬ、弥八郎。その汚名こそが、我が精鋭を戦後の焼け野原へ『無傷』で届けるための通行証だ)

二人の無言の対話は、木曽の深い霧の中に溶けて消えた。

2. 漂う「空白」の静寂

木曽路の各所で、正信は「川の増水」「道の崩落」と理由をつけては、贅沢に時間を浪費していった。将領たちが「一刻も早く、大御所様の元へ!」と叫ぶたびに、正信は「戦は逃げませぬ。されど、兵の疲れは天下の損失にござります」と、のらりくらりとかわし続ける。

この「空白の行軍」の間、正信が放った蜘蛛の糸は、休むことなく全国を駆け巡っていた。

小早川秀秋の恐怖を煽り、吉川広家の利を説き、西軍という名の不純物を一箇所に集める。秀忠軍が木曽の深い森に隠れていることそのものが、三成には「まだ間に合う」という偽りの希望を与え、家康には「いつでも動かせる最強の予備軍」という絶対的な余裕を与えていた。

3. 牙を隠したまま、舞台袖へ

九月十四日。秀忠軍は木曽路を抜け、美濃の入り口へと差し掛かった。

皮肉なことに、兵たちは連日の「休息」により、その体力も気力もみなぎり、鎧は新品のごとく輝いている。

「秀忠様、木曽の風は心地よいですな。……西では今、私の糸に絡まった獲物たちが、恐怖で胃を焼いておりますぞ」

正信は、もはや病の欠片も感じさせぬ鋭い眼光で西の空を睨んだ。

明日は、関ヶ原。

三成が「義」のために血を流し、諸大名が「欲」のために命を削るその戦場へ、彼らはあえて「間に合わぬ」という最強の武器を携えて向かう。

泥にまみれた汚名の下で、徳川二百六十年の牙は、静かに、そして鋭く研ぎ澄まされていた。

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