表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

太古の世界の目覚めと驚嘆

――水の音がする。葉の擦れる音。湿った風。



熱気と湿気に満ちた空気が肌にまとわりつく。

エオはまぶたの裏で明滅する光を感じながら、ようやく意識を浮かび上げた。



(……どれくらい気を失っていたのだろう?)



体が重い。筋肉の芯までじんじんと痛むような、深い倦怠感。

ゆっくりと上半身を起こし、ぐらつく頭を押さえる。



――ギフトの反動。



彼女の《可能性の灯火》は、望んだ結果に至る可能性が限りなく低いほど、その代償として魔力や体力を大きく消耗する。

これは“数分先の未来を見る”はずの実験だった。

しかし、今目の前に広がる世界は明らかにおかしかった。


視線を巡らせると、見上げるほどの巨木が空を覆っていた。

どこか現代の植物とは違う、原始的な構造の高木が鬱蒼と生い茂っている。

その足元には、濃密なシダ植物が群れをなして広がっていた。

遠くでは潮騒のような音がかすかに聞こえる。――海が近い。



(ここは……?)



見慣れた研究所の天井はない。無機質な装置の音も、実験灯の光もない。

あるのは、どこまでも鮮やかな生命の匂いと、むせ返るほどの熱帯の気配だった。


エオはようやく立ち上がり、湿った地面の感触を足裏に感じた。

足を踏み出した先、木陰を“何か”がゆっくりと横切った。



……影。



思わず息を呑む。


体長は7メートルほど。四足でのしのしと歩くその姿は、

彼女の記憶のなか、前世で読み込んだ図鑑のページにあった草食恐竜、《プラテオサウルス》に酷似していた。



「……恐竜……?」



病院のベッドの上、飽きもせずページをめくった記憶がよみがえる。

あのころ、どれほど“この目で見たい”と願っただろう。


けれど目の前のそれは、図鑑の挿絵とすべてが一致しているわけではなかった。


頭部から背にかけて広がる鱗は、わずかに虹色を帯びて光を反射している。

それは太陽の熱を和らげるための構造を持つ、現代科学には記録されていない適応形か、あるいは――



(……魔素を帯びている?)



エオの脳裏に浮かんだのは、プロムが話していた“魔石”のことだった。

古代の魔力を帯びた生物の遺骸が、地中で長い年月をかけて結晶化したもの。

彼の言葉が、今になって現実の感触としてよみがえる。



(……魔石のよう……)



そのときになってようやく、エオは改めて自身に問いかけた。



「……ここは、どこ……?」



遠くに海が広がっている。

熱帯性の木々が波打ち際まで続いており、空には巨大な翼を持つ飛行生物の影が滑空していた――翼竜。

それに混ざって、まるで強化されたカブトムシのような、信じられない大きさの甲虫類が飛んでいるのも見えた。



(こんなもの、“今”の世界には存在しない……)



耳の奥で自分の心音が脈打っていた。

エオは唇を震わせ、ひとつの名を呼んだ。



「……プロム……?」



だが、返事はなかった。

草木をかき分けて彼が現れることもなく、そこには自分一人だけがいた。



(もし、本当に……ここが太古の世界だとしたら)



それは、エオが《可能性の灯火》と引き換えに放った、ただひとつの“願い”。

そして今、その願いは、現実となって目の前にあった。



エオは視線を巡らせ、辺りの景色を頭に刻み込んでいた。

ふと、背後から葉擦れの音が聞こえ、体が固まる。



「……」



声を出さずに振り向くと、茂みの向こうから軽やかな足音とともに、あの銀白の髪を揺らす男が姿を現した。

いつもの飄々とした表情を浮かべ、淡い紅色の瞳が太古の光に煌めいている。



「やあ、エオマイア。無事で何よりだ」



プロムはまるで散歩でもしていたかのように軽く笑った。

普段だらしなく着崩している白衣は脱ぎ、今はそれを腰に巻いている。



「よかった……無事で。ねえ、一体何が起きたの?」



安堵と戸惑いが入り混じった声で、エオは尋ねた。



「おそらくここは太古の昔……君の“願い”にこいつが答えたんだろうね」



そう言いながら、彼は懐から《アウリス・クロノス》を取り出し、軽く振って見せる。



「どうせ時間を越えるなら過去へ行ってみたい、そう願ったんだろう?」


「……その通りよ」



エオはプロムの顔をじっと見つめた。



「ごめんなさい、こんなことになるなんて……」



彼女の声は震えている。



「珍しくしおらしいね」



プロムはにやりと笑った。



「僕は今、人生で一番ワクワクしている」



彼は周囲を見渡し、少し浮かれたように続ける。


「だってさ、こんな世界に実際に足を踏み入れられるなんて、普通じゃ味わえない。太古の生き物の生きた姿を見られるなんて、すごいだろ?」



プロムの瞳は研究所で話している時よりも、遥かに輝いていた。



「それに、そもそもの発端、この魔導具を生み出した天才は僕だ。君は僕を恨んでいる?」


「そんなこと……むしろ感謝してる。私もこんな夢みたいなことが起きて」



満足げに微笑むプロムを見て、エオも少しずつ肩の力が抜けていく。



「……これからどうするの?」


「まずは生き延びること。怖がっていても仕方ないさ」

プロムの瞳に真剣な色が宿る。


「戻る方法を探すのはそれからだ」



エオは深く息を吸い込み、まるで新しい決意が胸に灯るように声を強めた。



「プロムと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる気がする」



プロムは満足げにうなずき、軽く拳を握った。



「よし、じゃあ行こう。太古の冒険は、これからが本番だ」



二人は目を合わせて、互いに力強く微笑み、森の奥へと歩みを進めていった。

そこには未知の危険も待ち受けている。

だが同時に、失われた世界の輝きと謎が、彼らを歓迎するように静かに息づいていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ