表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

きっとずっと未練だけ

作者: P4rn0s

「じゃあ、何が残ると思ってたの」

「何かを断ち切るべきか悩んだとき、かけた時間だけが未練なら、その関係はもう終わりだと思うようにしてる」


そう口に出したのは、数年前の私だったと思う。

どこかのカフェで、グラスの底に残った氷をカラカラ鳴らしながら。

少し大人びた顔をしていた。

悟ったような、どこか上から目線のような顔で。

だけど最近、その言葉が自分に返ってくるようになった。

ブーメランのように、正確な角度で頭に突き刺さる。

痛みはじわじわとしていて、抜くこともできない。

私はあのとき、たぶん、自分がそれを言われる側になる未来なんて、まるで想像していなかった。

人間関係。

友達。

恋人。

職場の人。

家族。

何かを続ける理由に「時間」が入ってくるのは当然だと思ってた。

5年の付き合い、10年の縁、幼馴染、親子……そういうものは、何となくそれだけで特別だと思ってた。


でも、いつからだろう。

それらがすべて、重荷になっていった。


会いたいと思えない。

けれど「長い付き合いだから」と会ってしまう。

言いたいことが言えない。

でも「昔から知ってるから」と黙ってしまう。

本当はもう関係が崩れているのに、「こんなに時間をかけてきたんだから」と繋ぎ止めてしまう。

私の人間関係は、もうとっくに死んでいるのかもしれない。

でも私は、その亡骸にしがみついている。

愛しているわけじゃない。

信頼しているわけでもない。

ただ、「ここまで一緒にいた」という事実が、すべての判断を鈍らせる。


ふとした瞬間、LINEの履歴を見返す。

3年前のやりとり。

学生時代のグループトーク。

既読がついたまま返事のないメッセージ。

画面の中の言葉たちは、もうどこにも繋がっていない。

ただ、あったという証明のように存在している。

誰も悪くない関係が壊れるとき、一番苦しいのは、明確な終わりがないことだ。

喧嘩もしていない。

裏切られたわけでもない。

ただ、なんとなく、話さなくなった。

会わなくなった。

それでも、「また今度ね」と言ったまま、もう何年も会っていない人が何人もいる。


それでも、私のスマホには彼らの連絡先が残っている。

消す勇気がないわけじゃない。

消した瞬間、かけた時間までもがゼロになってしまう気がするから。

かけた時間。

積み重ねた日々。

それが未練になることを、自分で選んでしまっている。


本当は気づいている。

もう、笑い合えない。

もう、言葉が届かない。

もう、隣にいても寂しい。

なのに、私はその全部に目をつぶって、ただ「長く続いたから」という理由だけで、扉を閉めることができない。


未練って、こんなにも地味で、こんなにも静かで、こんなにもやっかいだ。

映画みたいな激しい別れじゃない。

泣き崩れるような感情の爆発でもない。

ただ、ある朝、ふと、「もう一緒にいられないかもしれない」と思ってしまうだけ。

もし、かけた時間を全部なかったことにして、ゼロから関係を見直せるなら。

私は今、誰と残っていただろう。

たぶん、誰もいない。


それに気づいたとき、自分で思わず笑ってしまった。

笑えないくせに。


結局、私のまわりに残っている関係は、全部、時間で繋がっているだけだった。

思い出があっても、それは過去のもので、今の私に優しくしてくれるわけじゃない。

だけど、私はまだそこに縋っている。

まるで、それ以外に縋るものがないみたいに。


本当はわかっている。

かけた時間は、関係の「価値」ではなく、「重さ」だ。

価値があるなら、時間なんかなくても、繋がれるはずだった。

でも私には、価値を感じる余裕も、見極める力も、もう残っていないのかもしれない。


だから私は今日も、同じようなメッセージを打ちかけては、送らずに消す。

会う予定を立てかけては、キャンセルして黙る。

ただ、「関係が終わった」ことを自分からは言わずに、風化するのを待っている。

それが一番、罪悪感が少なくて済む方法だから。


もし明日、このすべてを断ち切ったら。

私の人生は、いったいどれだけ軽くなるだろう。

それとも、空っぽになって、風に飛ばされてしまうだろうか。


どちらにしても、その想像をしてしまった時点で、もう答えは出ている。

たぶん、私はもう、誰の隣にもいられないんだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ