味噌餡の柏餅
〈梅干の次々出來るヴェランダよ 涙次〉
【ⅰ】
甘い物が大好きな永田、I**屋の柏餅を欠かさなかつた。和菓子司、I**屋は町で一番老舗の食料品店だと云つて、過言ではなからう。この店の柏餅はつとに有名で、隣町からも買ひに來る人の列が絶えない。最近驛近邊に2號店を出店、特に淡いピンク色の食紅に染まつた味噌餡の昔懐かしい風味は、他店には無いものだつた。
【ⅱ】
「私は何も知らないのです」が口癖の永田だつたが、埼玉川越市近くのローカル話は、能くした。さう云ふ時、作家らしさが垣間見えたけれども、やはり文筆に回す分のネタは決して語らない。單に無口だと云ふのは、永田の偽装である。
【ⅲ】
閑話休題。和菓子司I**屋は有名になるにつれて、問題を深く抱え込んでゐた。案に違ふところなく、【魔】の介在する問題である。毒を混入してやる、とその【魔】は云ふ。働いてゐる人たちはその秘密を死守した。大體に於いて、内部に【魔】を呼び込んでゐるなら兎も角、現メンバーで毒物混入はあり得ない。働く人びとは、昔を知つてゐる人ばかりだ。だが、この儘では氣持ちが惡い。さうだ、作家センセイに相談してみやう。少しでも世間が廣い、と思はれてゐる永田、相談を受けた。
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〈變な歌變な句を好く惡癖よ藥を嚥めばそも治るのか 平手みき〉
【ⅳ】
前シリーズの第131話でだつたか、永田は「アーマー【魔】」なる、機械仕掛けの、變はり種の【魔】を、じろさんにサシた事があつた。その【魔】は牧野のGF尊子を誘拐したんぢやなかつたつけ? 兎に角、前歴は、カンテラ一味寄りだと云つてゐる。で、永田經由での話なら... と、わざわざ埼玉県までカンテラ・じろさん・テオは出張した。
【ⅴ】
「別段、【魔】の臭ひは、しねえな」とカンテラ。「こりや【魔】を騙つた人間の仕業だよ」‐「カンテラ一味としては、どう出る?」永田が問ふた。「まあ依頼料さへ出れば、斬るさ」
だうやらI**屋の人びとは、風評被害を恐れてゐるやうだつた。警察に話は、今のところしてゐない。カンテラ、相應のカネを受け取り、じろさん、テオとミーティング。
【ⅵ】
毒物混入の脅迫電話は、オーナーの出てゐる2號店の店電に掛かつて來る。テオは、秘密兵器、「スマホ・キャッチャー」を電話に仕掛けた。スマホから掛かつて來た通話でも、逆探知出來る、便利な装置だ。
電話が掛かつて來た。脅迫電話であつた。「一體いつになつたら、カネを用意出來るんだ? 早くしろ、さもないと‐」相手のスマホ、電話番號が割れた。「これ、解析してみます」とテオは獨りで帰つて行つた。
【ⅶ】
テオの解析から、問題のスマホの型番が分かつた。相手の住處も分かつた。カンテラ「ご苦勞さん、きみ少し休んでくれ」
カンテラとじろさんでその男(犯人は男)の住むアパートに踏み込んだ。「天知る地知る人ぞ知る...」じろさん、カンテラ登場に際して、少々お巫山戲。カンテラ、その男を一目見て、「こりや斬るつて程の事はないよ」じろさんに捕縛された男を見て、永田、「あ、あんた藤卷さん」よく酒場で文學談義をする相手だつた...
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〈甘党の甘味處のところてん 涙次〉
藤卷は永田に憧れてゐた。東京の文壇では端の方にちよこんと坐るだけの永田だつたが、こゝ埼玉の片田舎では、目立つ存在なのだ。I**屋を脅迫するのも、永田の酔談を聞いての事。永田は絶句してしまつた。「あーあ、永田さん、どーするよ?」‐「だうつて」永田は無言で通した。自分には関はりのない事、で頑なに通した。氣分は勿論、最低であつた。お仕舞ひ。