その笑顔を守れるのは、誰なのか
午後の王城の廊下を、陽斗とセリナは並んで歩いていた。
「……にしても、なんで私たちが倉庫の在庫整理なんか……」
「王城の人手不足って、本当に深刻なんだね……」
セリナがため息をつく横で、陽斗も苦笑する。
二人が割り当てられたのは、城の地下倉庫に山積みされた備品の整理。日が差さず湿気がこもる空間に、紙や木箱の匂いが混ざり合っていた。
「ほら、次の棚いくよ。ちゃんと分類しておいて」
「はい、班長」
「……誰が班長だ、ばか」
それでも以前に比べ、やり取りはずいぶん柔らかくなっていた。
セリナの言葉にも、どこか照れくささが混ざっている。
そんな中、突然、倉庫の奥から「ガタンッ!」という大きな音が響いた。
「……!?」
陽斗とセリナは同時に顔を見合わせる。
「誰かいる……?」
恐る恐る音のした方へ歩いていくと、薄暗い通路の先で、若い兵士が足元の箱を蹴り飛ばしていた。
「クソッ……なんで俺がこんな雑用を……」
「えっ……」
セリナが小さくつぶやいた。
その兵士は、セリナに向かって不機嫌そうに睨んだ。
「あんたか、俺にこの仕事回したのは」
「……? それは割り当てで――」
「うるせえ! 城の奴らは身分が低いってだけで、俺らに汚れ仕事ばっか押し付けやがる!」
兵士が詰め寄る。
セリナが一歩下がったその瞬間。
「やめてください!」
陽斗が彼女の前に立った。
「セリナさんは関係ない。あんたの怒りを、彼女にぶつけるのはお門違いです」
「は? なんだよテメェ、ただの雑用係が偉そうに――!」
殴りかかろうとした兵士の拳が振り上がる。
「っ――!」
陽斗はとっさに体を張った。
鈍い音と共に、頬がはじけるような痛みに襲われる。
それでも、セリナを庇ったまま、彼は動かなかった。
――守りたかった。ただ、それだけだった。
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「……バカ。なんで、そんなこと……」
倉庫の外、陽斗の頬に手当てをしながら、セリナが小さく言った。
いつもの皮肉っぽさは消え、震えるような声で。
「君が……危なかったから、つい……」
「私、別に弱くなんか……」
「うん、知ってる。セリナさんは、強い。でも……俺が守りたいって思ったんだ」
言葉にして、初めて自分の気持ちに気づく。
恋とか、好意とか、そんな大げさなものかもしれない。
それでも、この胸に湧いた衝動だけは、偽れなかった。
セリナが俯く。
「……バカ」
「うん、よく言われる」
「でも……ありがとう」
顔を上げた彼女の瞳が、ほんの少しだけ潤んでいた。
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その日の夜、リリスが陽斗の枕元にふわりと現れた。
「守るって、痛いんですね?」
「……まあ、そうかもね。でも、痛くても……守れてよかったって思うよ」
「ふむ……非合理的。でも、素敵です」
浮かんだまま、リリスがくるりと回転した。
「恋って、不思議。観察するほど、わけがわからなくなります」
「はは、俺もよくわかってないから、仲間だね」
「……それでも、あなたは今日、確かに守ったんですよ」
その言葉が、胸に静かにしみ込む。
――この世界に来て、初めて誰かを守れた。
その実感が、今日一番の報酬だった。