俺にだって、できることがある
早朝の村は、薄紅の空に包まれていた。
王都から南に下った小さな農村。まだ人通りの少ないその場所で、風間陽斗は汗をぬぐいながら鍬を握っていた。
「おーい、そこの坊主。そろそろ水くれ。麦が干上がっちまう」
「はいっ!」
声をかけてきたのは、陽斗の雇い主である、ゴランじいさんだった。口は悪いが根は親切。城の雑用とは別に、陽斗が働く場所を世話してくれている。
「鍬の持ち方はだいぶ板についたな。腰の使い方も悪くねえ」
「ありがとうございます……!」
王城の中では、役立たずと見られることも多かった陽斗だが、この場所では違った。
一日中、畑で汗を流し、黙々と作業する。
土の匂いと陽射しの中に、ほんの少しだけ自分の価値がある気がしていた。
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「また畑に行ってたの?」
城に戻った陽斗を出迎えたのは、セリナだった。
「うん。午前中は任務が空いてたから……迷惑だった?」
「……別に。あんたがサボってたわけじゃないのは、知ってるし」
ぶっきらぼうな言葉の奥に、どこか柔らかさを感じる。
陽斗は小さく笑った。
「ありがとう、セリナさん」
「な、なにがよ……」
セリナがそっぽを向く。
最近、ほんの少しだけだが、彼女の態度が柔らかくなっている気がした。
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その日の午後、王城の庭で、手入れをしていた陽斗は思わず足を止めた。
アッシュが、騎士団の訓練を指揮していたのだ。
「剣の構えが甘い。敵の隙を突くには、もっと低く構えろ」
厳しくも的確な指導。部下たちの顔にも緊張と信頼が見える。
(やっぱり、すごい人だ……)
あの背中に比べて、自分は――そう思いかけたとき。
「――風間、だったな」
「えっ、あ、はい!」
アッシュがこちらに歩み寄ってきた。
「畑仕事をしていると聞いた。なぜ、そんなことを?」
「……俺にできること、他にないからです。剣も魔法も才能なくて。でも、働けば少しは誰かの役に立てるかもって」
「……そうか」
アッシュの目が、少しだけ和らいだように見えた。
「その考えは、間違っていない。俺も、剣しか取り柄がない身だ」
「……でもアッシュさんは、剣で誰かを守れるじゃないですか」
「お前も、だろう……お前のやっていることは、皆の日常を支えている。人は、誰かに支えられて生きている。それを忘れるな」
思いがけない言葉に、陽斗は一瞬、返す言葉を失った。
だが、胸の奥に何かが灯った気がした。
(俺のやってることは……意味のあることなんだ)
初めて、自分自身でそう思えた。
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その夜。
いつもの食卓で、セリナがぽつりと言った。
「……あんた、最近、顔つき変わってきたね」
「え、そうかな?」
「うん。なんか、ちょっとだけ……自信ついた?」
「……うん。少しだけ、ね」
陽斗は笑った。
この世界に来てから、初めて感じた自分の居場所。
誰かに守られるだけじゃない。
自分にも、誰かの役に立てることがある。
それを少しずつ実感できるようになってきた。
セリナが、そっと目を伏せて微笑む。
「……ま、悪くないんじゃない?」
その小さな微笑みに、陽斗の胸が温かくなる。
ほんの少しずつ。
世界が、優しくなっていく気がした。