騎士団の彼と、まっすぐな眼差し
朝の王城は騒がしい。
衛兵たちが整列し、鍛錬場には剣戟の音が響く。雑用係の陽斗には縁のない光景だが、今日は少し違った。
「――セリナ、久しぶりだな」
その声に、セリナの足がぴたりと止まった。
「……アッシュ」
振り向いた先に立っていたのは、銀髪の青年。鍛えられた体に騎士団の紋章入りのマント。端正な顔立ちに、冷静な瞳。
陽斗が圧倒されるほどの正統派・強キャラ感を放つ男だった。
(……かっけぇ……)
思わず心の中でつぶやいてしまう。だが、それよりも気になったのは――セリナの表情だった。
驚きと戸惑い、そして少しだけ、懐かしそうな色。
「お前が、例の転移者か」
アッシュが陽斗を見つめる。
「は、はいっ! 風間陽斗っていいます。あの、よろしくお願いします!」
びしっと頭を下げる陽斗に、アッシュは小さく目を細めた。
「礼儀は悪くない。……だが、雑用係か」
「ええと、はい……まだ何もできないので」
「そうか」
それきり、アッシュは何も言わなかった。
沈黙が落ちる。
セリナがぽつりと呟いた。
「アッシュは……子どもの頃、同じ村にいたの。私が孤児院に入る前……ちょっとだけ、一緒に暮らしてた時期があった」
「へ、へえ……そうなんだ」
陽斗は笑ったつもりだったが、自分でも引きつっているのがわかった。
(そうか、そういう関係か……)
明らかに親しげな空気。しかもアッシュは騎士で、容姿も性格もちゃんとしてる。
どこをとっても、自分より上だった。
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午後、陽斗は厨房の片づけを任されていた。
たらいに入った皿を運んでいると、不意にバランスを崩した。
「あっ――」
がしゃん!
皿が砕けた音が、厨房中に響き渡る。
「……す、すみません!」
「何やってんのよ、もー!」
見習いの料理人が怒鳴る。陽斗は慌てて片づけようとするが、指先が小刻みに震える。
「……どけ」
静かな声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにはアッシュがいた。
「……怪我は、ないな?」
「え、えっと……はい」
「ならいい。片づけは俺がやる」
「で、でも!」
「雑用係の任務も大事だが、指が使えなくなれば元も子もない」
的確で冷静。決して責めるような口調ではなかったが――
陽斗は、劣等感で喉が詰まりそうになった。
(俺……また、何もできなかった)
見上げたアッシュの背は、大きく見えた。
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その夜。
寮の食卓で、陽斗はうつむいたまま夕食をつついていた。
「……また皿割ったんだって?」
セリナの問いに、陽斗は黙ってうなずく。
「……怒らなかったんだってね。アッシュ」
「はい。優しい人、ですね」
「……うん。真面目で、実直で。子どもの頃から、変わってない」
セリナの声に、どこか温かみがあった。
それが、陽斗の胸にチクリと刺さる。
「セリナさんは……アッシュさんのこと、どう思ってるんですか?」
無意識のまま、口が動いていた。
セリナがわずかに目を見開いた。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
「気になったから、です。俺なんかより、アッシュさんのほうがずっと……」
そのとき、セリナの声が遮った。
「俺なんかって、何よ」
「え?」
「誰と比べて、何が上で、何が下かなんて、そんなに簡単に決められるわけ?」
ぶっきらぼうな声。だが、怒っているというよりは――どこか、悲しそうだった。
「……ごめんなさい」
陽斗は、深く頭を下げた。
しばらく沈黙が続いたあと。
セリナがぼそりと呟いた。
「……たしかにアッシュは、すごい人だよ。でも、あんたにはあんたの、いいところがある」
「……俺に?」
「今日、厨房で指を切りそうになったのに、真っ先に自分のことより皿を気にしてた。……そういうとこ、別に嫌いじゃない」
不器用な言い方だった。でも、陽斗には、それが心からの言葉だとわかった。
「……ありがとうございます」
ほんの少し、背筋が伸びた気がした。
自分を信じたいと思えた。
比べるんじゃなくて、自分にできることを、ちゃんとやろう――そう、思えた夜だった。