そして旅は再び始まる
王都の朝はいつもどこか慌ただしい。
市場の喧騒、遠くで響く衛兵の声。
だが今日は――それらの音のすべてが、優しく背中を押してくれるようだった。
「……準備できた?」
静かな門の前で、セリナが問いかける。
陽斗は荷物を肩に掛けながら、彼女に微笑み返した。
「うん。そっちは?」
「とっくに……あんたの方が時間かかってたでしょ」
「はは、まあ否定はしないよ」
そんな日常のやりとりが、今ではすっかり当たり前になった。
かつて出会ったばかりの頃、ぎこちない空気が流れていたのが嘘みたいだ。
====
二人は今日、王都を旅立つ。
きっかけは、一通の依頼だった。
北方の村で小さな疫病が広がり、医師も足りない、物資も足りないという。
「雑用係の出番だね」
「ふん、便利な肩書きになったもんだわ」
軽口を交わしながらも、ふたりの足取りは真剣だ。
誰かの役に立てることの重みを、もう十分に知っているから。
「……ねえ、陽斗」
街道を歩く途中、セリナがぽつりと口を開いた。
「ん?」
「私ね、たぶん……こうやって誰かのために動いてるときが、一番自分らしいんだと思う」
「うん。わかるよ」
「そんで、あんたと一緒なら……もっと、ちゃんとやれる気がする」
「……俺も、同じ」
陽斗は足を止めて、少し真面目な顔になる。
「一緒にいてくれてありがとう、セリナ。俺……この世界に来て、本当によかった」
風が、彼の言葉を運んでいく。
セリナは目を伏せ、しばらく沈黙したあと――
「……バカ」
とだけ、小さく言って前を向いた。
でも、その頬はほんのり紅く染まっていた。
====
道中、馬車を待つあいだ、二人は草原の丘で腰を下ろす。
リリスがひょっこり顔を出したのは、そのときだった。
「やはり旅立ちでしたか。あぁ、実に尊い……恋と成長の記録ですね!」
「……相変わらず覗き見趣味ね、あんた」
「観察と言ってください観察。あ、セリナ様の表情、先ほど非常に良かったですよ」
「うるさい!」
セリナが本気で怒る前に、陽斗が話題をそらすように聞く。
「ねえリリス、俺たち……これからも、間違ってないかな」
「人は常に未完成です。間違いも、痛みも、時に必要な道標です。
でも、君たちなら――きっとそのすべてを越えていけます」
「……ありがとう」
「応援しています。ええ、ずっと」
そう言って、リリスは風のように姿を消した。
====
夕暮れ。
丘の上から見下ろす村に、灯りが一つ、また一つとともっていく。
「明日には着くね」
「うん……あんまり、期待されすぎても困るけど」
「それでも行こう」
陽斗はセリナの手をそっと取った。
驚いたように見つめられ、でも彼はもう目をそらさない。
「俺は、君と一緒に生きたい。ちゃんと、そう思ってる」
「……言うようになったじゃない」
セリナはふっと笑った。
そして――手を握り返した。
特別じゃなくていい。普通でいい。
でも、二人で選んだ普通なら、それはきっと、誰よりも強くてあたたかい。
陽斗とセリナの旅は、まだ始まったばかりだ。
幾つもの明日を、これからも並んで選んでいく。
――風が優しく吹き抜けた。
そして、歩き出す。
もう、迷うことはない。




