好きだから、怖くなるんだ
「――陽斗、どうして、あのとき黙ってたの?」
その言葉は、唐突に夜の静けさを破った。
作業小屋の軒先。木箱を修理していた陽斗は、手にしていた金槌を止める。振り返れば、セリナが柱に寄りかかりながら、じっとこちらを見ていた。
「……どの話?」
「アッシュの告白のこと。前に言ってたよね、『知ってた』って」
「……ああ」
陽斗は目を伏せ、手元の木箱を見つめる。
「怖かったんだ、たぶん。聞いたら、もう元には戻れない気がして」
金槌を置き、彼はまっすぐセリナを見る。
「俺……何も持ってない。剣も、魔法も、立場も。アッシュと比べたら、到底敵わないって思ってた」
言葉は静かだが、確かな熱がこもっていた。
「だから、きっと選ばれないって……そう思ったから、聞けなかったんだ」
セリナは言葉を返さず、代わりにそっと歩み寄る。
「……私が、誰を好きかなんて。陽斗がちゃんと見てれば、分かったはずなのに」
「それでも……怖かったんだ」
陽斗の声は震えていた。今、彼の心の奥をさらけ出しているのだ。
するとセリナは、ふっと笑った。
「私も、怖かったよ。だからずっと、言えなかった……でも」
彼女はそっと手を差し出す。
「好きだから、怖い……それって、当たり前でしょ?」
陽斗は、その手を両手で包むように握った。
「うん……ありがとう、セリナ」
ふたりの指が絡まり、そっと重なったのは、想いだけじゃない。
――お互いの弱さもだった。
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その夜。王城の執務室。
アッシュは、騎士団長から報告を受けていた。
「東の森に、異常な魔力反応……?」
「ああ。かつて封印された境界が、僅かに揺らいでいるようだ。原因は不明だが、調査隊を送る」
「俺に、行かせてください」
アッシュは即答した。だが――
「……断る。お前は今、王都警備を任されている。勝手は許されん」
「ですが……!」
拳を握るアッシュ。けれど、騎士としての規律が、彼を押しとどめた。
(なにかが起きようとしている。今度こそ、俺にできることを……)
その想いは、ひとつの決意に変わろうとしていた。
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翌日。王城の倉庫で、陽斗は一本の木箱を手にしていた。
「……セリナ、これって」
「うん。例の東の森に向かう調査隊に、物資補給を頼まれたの」
ふたりは顔を見合わせる。
東の森――それは、陽斗が最初にこの世界へ来た場所だった。
「なんだか……また、何かが始まりそうだな」
「そうかもね」
不安と期待と、ほんの少しの恐れ。
でも今は、隣にいる人がいる。
そのことが、何よりの勇気になる。




