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この恋は、普通じゃいられない

「――ねえ、本当に付き合ってるの? セリナちゃんと、あの子」


 噂はいつだって、耳より先に背中に刺さる。


 王都の城下町。パン屋の厨房で粉を捏ねていたミーナは、聞き捨てならないその声にぴくりと眉を跳ね上げた。


「うちの妹が侍女でねぇ、王城の裏庭でふたりが手つないでたって!」


「へええ、あの異世界の子が? ちょっと意外……」


 ――バンッ!


 ミーナは思わず生地のこね台を叩いた。


「なにが意外よ、何見たってのよ!」


 喋っていた近所のおばさんたちは驚いて振り返る。


「み、ミーナちゃん……?」


「だいたいね、セリナは、ああ見えて繊細で真面目で、優しくて……!」


 手を止め、ふうと深呼吸。パン生地の香ばしい匂いが、少しだけ落ち着かせてくれる。


「……とにかく、本人たちが一緒にいるなら、それでいいじゃない。邪魔しないであげて」


 そう言い残し、彼女は奥のオーブンへと戻っていった。


(頑張んなさいよ、ふたりとも……)


 


====


 


 一方、陽斗とセリナは、王城の資材庫で並んで作業していた。


「この木箱、修理できそう?」


「うーん、道具さえあれば。……あ、釘抜きどこ置いたっけ」


「ここ」


「ありがと」


 自然に手が重なる。ふと、目が合って――


 セリナがさっと顔を背ける。


「……人前では、あんまりベタベタしないで」


「あ、うん……ごめん」


 気まずさと照れが混ざった空気。それでも、ふたりの関係は確かに変わっていた。


「……けど、嫌ってわけじゃないから」


 ぽそりと告げたセリナの声に、陽斗は小さく笑った。


「知ってる」


 


 その普通の会話が、なぜか一番幸せだった。


 


====


 


 その日の夕方。騎士団本部にて――。


「付き合ってる、らしいな。風間とセリナが」


 部下の一人がぽつりと話す。


 アッシュは返事をしない。剣を磨く手を止めず、ただ黙っていた。


「お前が何も言わないのが、逆に怖いんだが……」


「……俺の気持ちは、もう伝えた。今さら何も言う資格はない」


 それは本音だった。だが――


(ただ、どうしてだろうな。心の奥が、ずっとざわついてる)


 静かに胸に手を当てる。


 その時、背後でノックが鳴った。


「アッシュ様。王城から急報です。東の森に異常魔力の反応が――」


 


 不穏な空気が、再び世界を揺らし始めていた。


 


====


 


 陽斗とセリナ。


 ふたりの普通じゃない恋は、穏やかで、優しくて――


 そして、脆い。


 どこまでも続いてほしいと願うからこそ、その願いは試される。


 


 次なる選択が、もうすぐ目の前に迫っていることに、


 ふたりはまだ、気づいていなかった。


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