この恋は、普通じゃいられない
「――ねえ、本当に付き合ってるの? セリナちゃんと、あの子」
噂はいつだって、耳より先に背中に刺さる。
王都の城下町。パン屋の厨房で粉を捏ねていたミーナは、聞き捨てならないその声にぴくりと眉を跳ね上げた。
「うちの妹が侍女でねぇ、王城の裏庭でふたりが手つないでたって!」
「へええ、あの異世界の子が? ちょっと意外……」
――バンッ!
ミーナは思わず生地のこね台を叩いた。
「なにが意外よ、何見たってのよ!」
喋っていた近所のおばさんたちは驚いて振り返る。
「み、ミーナちゃん……?」
「だいたいね、セリナは、ああ見えて繊細で真面目で、優しくて……!」
手を止め、ふうと深呼吸。パン生地の香ばしい匂いが、少しだけ落ち着かせてくれる。
「……とにかく、本人たちが一緒にいるなら、それでいいじゃない。邪魔しないであげて」
そう言い残し、彼女は奥のオーブンへと戻っていった。
(頑張んなさいよ、ふたりとも……)
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一方、陽斗とセリナは、王城の資材庫で並んで作業していた。
「この木箱、修理できそう?」
「うーん、道具さえあれば。……あ、釘抜きどこ置いたっけ」
「ここ」
「ありがと」
自然に手が重なる。ふと、目が合って――
セリナがさっと顔を背ける。
「……人前では、あんまりベタベタしないで」
「あ、うん……ごめん」
気まずさと照れが混ざった空気。それでも、ふたりの関係は確かに変わっていた。
「……けど、嫌ってわけじゃないから」
ぽそりと告げたセリナの声に、陽斗は小さく笑った。
「知ってる」
その普通の会話が、なぜか一番幸せだった。
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その日の夕方。騎士団本部にて――。
「付き合ってる、らしいな。風間とセリナが」
部下の一人がぽつりと話す。
アッシュは返事をしない。剣を磨く手を止めず、ただ黙っていた。
「お前が何も言わないのが、逆に怖いんだが……」
「……俺の気持ちは、もう伝えた。今さら何も言う資格はない」
それは本音だった。だが――
(ただ、どうしてだろうな。心の奥が、ずっとざわついてる)
静かに胸に手を当てる。
その時、背後でノックが鳴った。
「アッシュ様。王城から急報です。東の森に異常魔力の反応が――」
不穏な空気が、再び世界を揺らし始めていた。
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陽斗とセリナ。
ふたりの普通じゃない恋は、穏やかで、優しくて――
そして、脆い。
どこまでも続いてほしいと願うからこそ、その願いは試される。
次なる選択が、もうすぐ目の前に迫っていることに、
ふたりはまだ、気づいていなかった。




