彼女を選ぶというわがまま
「――俺は、帰らないことにした」
その言葉を、陽斗はまっすぐに言った。
リリスとエリオットが見守る中、王城の書庫の中心で、彼は自分の胸の奥にある答えを差し出すように語った。
「……元の世界に、未練がないわけじゃない。家族や友達、あの毎日だって大切だった。けど」
静かな決意がこもった声だった。
「今、ここで生きてること。誰かに必要とされて、誰かを好きになって、その人の隣にいたいって思える……そんな日々を、俺は失いたくない」
リリスは何も言わず、小さく頷いた。
エリオットが呟く。
「……わがままだな」
「うん。そう思う。でも――」
「……最高に格好つけた、わがままだよ」
その言葉に、陽斗は少し笑った。
どこか肩の荷が下りたような、そんな表情だった。
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セリナはその日、城の中庭で洗濯物を干していた。
いつもと変わらぬ、静かな朝。
けれど、心のどこかがざわついていた。
(……陽斗、どんな答えを出すんだろ)
彼の顔が、昨日の横顔が、何度も思い浮かんでは消える。
「セリナちゃーん、ニヤけてるけど恋でもしてんのー?」
ミーナの声が飛んできて、慌てて背を向けた。
「してない!」
「へー? そうかな~? じゃあ、今度陽斗くんとお弁当でも持ってデートしたら?」
「はっ、するわけないでしょ」
顔が赤いまま言い返すが、ミーナはにやにやと笑っていた。
セリナの心は、それでも少しだけ軽くなっていた。
(……もし、あの人が、ここに残るって言ったら――)
その想像だけで、胸の奥がぎゅっとなる。
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だが、運命はその夜、静かに動き始めた。
――ガゴン……!
鈍い地響きのような音。
陽斗は夜中に目を覚ました。
「……なんだ……?」
窓の外から、うっすらと青白い光が空を裂いていた。
そして、書庫から放たれる異質な魔力の気配。
「リリス……?」
すぐに着替え走る。
書庫にたどり着いたとき、そこには……。
「門が、勝手に開いている……!?」
リリスの声が震えていた。
空間の裂け目のような、巨大な歪みが、空中に口を開けている。
その奥には――陽斗が知っている景色があった。
学校の廊下。通学路。青空。歩く学生たち。
――元の世界。
「どうして……」
「誰かが、無理に門を開いたのです……! 陽斗さんの意志とは無関係に!」
「そんな……!」
その時だった。
「下がれ、風間!」
背後から飛び込んできた声――アッシュだった。
剣を構え、裂け目の前に立つ。
空間の中から、何かが這い出してくる。
黒い霧のような存在。目も、形も定かでない。だが、間違いなく異物。
「こいつは……元の世界からの侵蝕……?」
リリスが呻いた。
陽斗の決意とは無関係に開いた門が、向こう側の何かを呼び寄せてしまった。
「くそっ、閉じられないのか!?」
「今すぐには……けれど、封印魔法で時間を稼げれば――!」
アッシュが前へ出る。
「俺が引きつける! お前は彼女のところへ行け!」
「でも――!」
「お前が選んだ未来だろ!? なら、守れよ! 彼女を!」
叫ばれたその一言が、陽斗の背中を突き動かした。
(俺が選んだ未来……セリナの隣にいる未来)
(なら……ここで、戦うしかない)
陽斗は走り出す。
選んだ未来を、守るために。




