君を置いていく未来だけは
「お前が帰るってんなら、それでも構わない――ただし、その時は、俺が彼女を守る」
訓練場の脇道で、アッシュが陽斗にそう告げたのは、仕事を終えた帰り道だった。
涼やかな夜風の中、二人きりの時間。
「……それって、セリナの気持ちは?」
「わかってる。だが、俺の気持ちも言わせてもらっただけだ」
その言葉に、陽斗は目を伏せた。
(どこかで、覚悟を求められていた気がしてた)
でも、自分が決断する前に、誰かに先を越されたような気がして――心がざわついた。
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一方その頃、セリナはマリベルに髪をとかしてもらいながら、ぽつりと呟いた。
「……最近、陽斗と話すのが、怖いの」
「怖い? あんたが?」
マリベルは驚いた顔で手を止めた。
「うん……変なこと言っちゃいそうで。帰らないでって、言いたくなりそうで……」
「言って何が悪いのさ。好きなんでしょ?」
核心を突かれて、セリナは小さくうつむく。
「……うん。でも、それが重荷になっちゃうのが怖いの。あたしと一緒にいたら、帰れなくなるかもしれない。それって、ずるいよね」
マリベルはその背に手を当てる。
「恋って、いつだってずるくて、怖くて、だから尊いのよ」
その言葉に、セリナは目を閉じて、深く息を吐いた。
「……マリベルさん。あたし、どうしたらいい?」
「本音で向き合いな。引き留めるのが怖くて黙ってるなら、それは向き合ってるとは言えないよ」
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翌日。
王都の市外れにある古い祭壇跡。リリスとエリオットは、帰還の門の手がかりを求めていた。
「ここ……たぶん、何かを封じてる。門じゃなくて鍵のほうだ」
リリスが指差した先には、崩れかけた円環の石碑。その中央に、陽斗が持っている魔導書と同じ紋章が刻まれていた。
「風間くんがこの前言ってた本……あれ自体が、門の鍵なんだと思います」
「となると――次に必要なのは、代価か」
リリスは、どこか痛ましげに目を伏せる。
「はい。最も大切なもの。おそらく、それは――絆です」
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その夜。村の宿舎に戻った陽斗のもとに、一枚の手紙が届いた。
差出人は、セリナ。
内容は短かった。
「明日、北の林で待ってます。少しだけ、話がしたいです」
その文字からは、彼女の声が聞こえるようだった。
翌朝、陽斗は指定された場所へ向かった。
木々の合間、懐かしい草の香り。少し早い春の気配。
そこに、セリナは立っていた。
「……来てくれて、ありがとう」
「うん。こっちこそ、手紙くれて」
しばしの沈黙。
「……陽斗。あんたが、帰るってなったら……あたしは、笑って送り出してあげるつもりだった」
「……だった?」
セリナは、小さく笑う。少しだけ涙ぐんでいた。
「でも、やっぱ無理だった。あたし、ずるい女だから。言うね――」
風が吹いた。揺れる木々の合間から、差し込む光が、セリナの瞳を照らす。
「――帰らないで。あたし、あんたにいてほしいの……ずっと一緒にいたいって思ってる」
陽斗の胸に、何かがあふれた。
それは迷いでも、責任でもない。
ただ、想いだった。
「……ありがとう、セリナ」
ゆっくりと、彼は彼女の手を取った。
この手を離せば、帰れるのかもしれない。
でも――
この手を離したくないと思った。




