普通に君を好きでいたいだけなんだ
王都の朝は、相変わらず雑踏の音に包まれている。だけど、その喧騒の中で――風間陽斗は、どこか穏やかな心持ちで目を覚ました。
王城の雑用係としての一日は、相も変わらず忙しい。でも、隣にいる彼女の存在が、それだけで特別だった。
「陽斗、ちょっとこっち手伝って。棚の上、あたしじゃ届かないの」
「おっと、了解……こういうとき、俺の身長も役に立つんだな」
「べつに、役に立たないとは言ってないし……うん。まあ、助かる」
顔を合わせるたび、言葉を交わすたびに、ぎこちなさは減っていく。
でも、それがちょっと寂しいと思ってしまうくらい、今の関係が心地いい。
====
昼下がりのパン屋で、ミーナがニヤニヤしながら言った。
「で? 正式に恋人なんでしょ? ふたりとも、もっとイチャついていいんだよ?」
「う、うるさい! そういうのは……その……気持ちが自然に出たときに、するものだから」
「……なんかセリナちゃん、大人になったねぇ」
「べ、別にあんたに褒められても嬉しくないってば!」
陽斗は、笑いを堪えながらパンを頬張った。
ミーナのからかいにも、セリナの照れ隠しにも、どこか懐かしさと温かさがあった。
――そう、これが俺たちの日常だ。
====
夕方、陽斗は王都の小道を歩いていた。リリスが本の中からひょこっと顔を出す。
「ふふん、最近の陽斗さん、表情が柔らかくなりましたねぇ?」
「……そんなに変わった?」
「はい。観察者の私から見ても、進化と言って差し支えないかと」
ちょっと得意げなリリスに、陽斗は思わず吹き出した。
「ありがとう、リリス……たぶん、君がいたから、ここまで来られたんだ」
「おや、これはこれは……今の、記録しておきますね?」
「やめてくれ……!」
そんな軽口を叩きながらも、陽斗の胸には確かな決意があった。
――どんなに普通でも、平凡でも。
今が幸せだと思えるなら、それでいい。
====
夜。星の下、王城の裏庭でふたりきり。
セリナが、空を見上げながらぽつりと呟いた。
「ねぇ、陽斗。あんたが来てから、あたし……変われたと思う?」
「うん……でも、きっと最初から、優しい人だったんだと思うよ」
「……そっか。じゃあ、あたしも言う」
セリナは、そっと陽斗の手を取った。
「……好き……あんたと、これからも普通に、隣にいたい」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「俺も、ずっと……君の隣にいたいって思ってる」
ふたりの影が重なる。
キスも、ハグもない。ただ、手を繋ぐだけ――それが、今のふたりには十分すぎるほどだった。
エピローグ(モノローグ)――風間陽斗
「特別な力も、英雄の物語も、俺にはない。でも、君と過ごすこの毎日が、きっと誰よりも特別だって、今なら言える――今が幸せだと思えるなら、それでいいんだ」




