普通の僕らに、やっと訪れた特別
王都の朝は、少しだけ柔らかくなった気がした。
雑用係の詰所。いつもと変わらない日常の始まり――けれど、そこに立つふたりの関係は、もういつも通りではなかった。
「……今日の洗濯は、私がやるから。あんたは倉庫の整理、頼める?」
「うん、了解」
やりとりは、いつもと同じようでいて、どこかぎこちない。でも、それが少しずつ、特別なものへ変わっていくのを、陽斗は感じていた。
セリナが、照れ隠しのように視線を逸らすたびに。
名前を呼ぶ声が、ほんの少しだけ優しくなるたびに。
(……これが、俺たちの特別なんだ)
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昼休み、ミーナがいつものように詰所に現れた。
「ふ~ん……あんたたち、最近なんか雰囲気変わったよねぇ~?」
陽斗とセリナ、同時に目を逸らす。
「な、何もないわよ……たぶん」
「へえ? じゃあ、昨日の夜、セリナちゃんが、泣きながら陽斗くんに抱きついてたのも何もないんだ?」
「み、ミーナ!!」
セリナが赤面しながら怒鳴る。
「……見てたのか……」
陽斗もまた、耳まで真っ赤だ。
ミーナはにやにや笑いながら、パンの包みを机に置いた。
「まあ、ふたりともお幸せにってことで。パンの差し入れ~!」
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その日の夕方、陽斗はアッシュに呼び出される。
静かな中庭で向かい合うふたりの間に、もう敵意はなかった。
「お前が戻ってきてくれて、正直、ほっとしたよ」
アッシュは剣を背負ったまま、陽斗の目を見据える。
「セリナのこと、頼んだ……あいつ、不器用だから、後悔させるなよ」
「……ありがとう、アッシュさん」
陽斗は、自然と頭を下げていた。
自分にはまだ、騎士団のような力もない。けれど、彼女を思う気持ちだけは、誰にも負けたくなかった。
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夜。セリナと陽斗は、並んで屋根裏の掃除をしていた。
埃まみれの中、ふと手が触れる。目が合う。どちらからともなく、微笑がこぼれる。
「……変だね、こういうの」
「うん。でも、嫌じゃない」
言葉を交わすたび、距離が縮まっていく。
好きだと伝えたあの日から、少しずつ、ふたりの世界は変わっていた。
やがて、陽斗は勇気を出して言った。
「セリナ。俺たち、これからも――一緒にいていい?」
セリナは一瞬驚いたように目を見開き、でもすぐ、ぽつりと呟いた。
「……バカ。聞くまでもないでしょ」
そっと指先が重なった。
そこには、特別な魔法も、運命の奇跡もなかった。ただ、ふたりが選んだ答えが、確かにあった。




