君の名前を、呼ぶために戻ってきた
王都に朝が訪れる頃、風間陽斗はひとり、小さな背中を押すように歩き出した。
逃げたつもりだった。胸のざわつきからも、セリナへの想いからも、自分の無力さからも。でも、それは結局――自分自身を裏切る行為だった。
「……俺は、セリナにちゃんと向き合わなきゃいけない」
言い訳はもう、必要なかった。
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一方、王都では不穏な噂が流れていた。
陽斗が無断で姿を消したことは、雑用係の間でも話題になっていたが――マリベルやミーナ、そしてアッシュでさえも、その消息を知らなかった。
「ほんとにどこ行ったのよ、あの子……!」
ミーナが焦燥をにじませながらセリナに言う。
だがセリナは、うつむいたまま口を閉ざしていた。彼女自身、陽斗を信じたい気持ちと、裏切られたような寂しさのはざまで揺れていたのだ。
(私が、あんな言い方をしたから……)
――「何考えてるか分かんない人なんて、信用できないよ」
あのとき自分が放った言葉が、彼をどれだけ傷つけたか。それが今さらになって、痛いほど胸に刺さる。
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夕刻。
王城の門に、やつれた風貌の少年が現れた。
「……ただいま」
門番の騎士たちが驚いた顔をする中、陽斗は深く頭を下げた。
「一身上の都合で、数日間無断で離れてしまいました……申し訳ありません」
それは言い訳のない、まっすぐな謝罪だった。やがて、報告を受けたマリベルとアッシュがその場に現れる。
「おかえり、陽斗くん」
マリベルが微笑み、そっと肩を叩いた。
「君が戻ってきて、良かった」
アッシュのその一言には、どこか諦めと、優しさが混ざっていた。
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陽斗は、迷わず雑用係の詰所へ向かった。
そして――セリナと、再会する。
静まり返った部屋で、ふたりだけ。
最初に口を開いたのは、セリナだった。
「……帰ってきたんだ」
「うん。セリナに、言いたいことがあるから」
陽斗の声は震えていた。でも、逃げなかった。
「俺は、君のことが好きだ。最初は、ただ一緒にいるのが楽しくて。でも気づいたんだ――君の笑った顔を見るだけで、心があったかくなる。君がつらそうだと、俺も苦しくなる……それってもう、好きってことなんだと思う」
セリナは、涙をこらえるように顔を伏せた。
「どうして……今になって、そんなこと言うの。あんた、私のこと避けてたくせに……!」
「怖かった。君とアッシュの関係も、俺が何もできないってことも、全部。でも――それでも、君の名前を、俺が呼びたいって思った。セリナって、俺の声で呼びたいって……思ったんだ」
その瞬間、セリナの目からぽろりと涙がこぼれた。
陽斗が手を伸ばし、その涙を指先でぬぐう。
「……バカ」
かすれた声で、セリナが言う。
「ほんとに……バカ。でも、戻ってきてくれて……よかった」
そして、彼女は陽斗の胸にぽすんと顔を預けた。
初めて、自分から。
ぎこちなくも優しく、陽斗はその肩を抱きしめる。




