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君の名前を、呼ぶために戻ってきた

 王都に朝が訪れる頃、風間陽斗はひとり、小さな背中を押すように歩き出した。


 逃げたつもりだった。胸のざわつきからも、セリナへの想いからも、自分の無力さからも。でも、それは結局――自分自身を裏切る行為だった。


「……俺は、セリナにちゃんと向き合わなきゃいけない」


 言い訳はもう、必要なかった。


 


====


 


 一方、王都では不穏な噂が流れていた。


 陽斗が無断で姿を消したことは、雑用係の間でも話題になっていたが――マリベルやミーナ、そしてアッシュでさえも、その消息を知らなかった。


「ほんとにどこ行ったのよ、あの子……!」


 ミーナが焦燥をにじませながらセリナに言う。


 だがセリナは、うつむいたまま口を閉ざしていた。彼女自身、陽斗を信じたい気持ちと、裏切られたような寂しさのはざまで揺れていたのだ。


(私が、あんな言い方をしたから……)


 ――「何考えてるか分かんない人なんて、信用できないよ」


 あのとき自分が放った言葉が、彼をどれだけ傷つけたか。それが今さらになって、痛いほど胸に刺さる。


 


====


 


 夕刻。


 王城の門に、やつれた風貌の少年が現れた。


「……ただいま」


 門番の騎士たちが驚いた顔をする中、陽斗は深く頭を下げた。


「一身上の都合で、数日間無断で離れてしまいました……申し訳ありません」


 それは言い訳のない、まっすぐな謝罪だった。やがて、報告を受けたマリベルとアッシュがその場に現れる。


「おかえり、陽斗くん」


 マリベルが微笑み、そっと肩を叩いた。


「君が戻ってきて、良かった」


 アッシュのその一言には、どこか諦めと、優しさが混ざっていた。


 


====


 


 陽斗は、迷わず雑用係の詰所へ向かった。


 そして――セリナと、再会する。


 静まり返った部屋で、ふたりだけ。


 最初に口を開いたのは、セリナだった。


「……帰ってきたんだ」


「うん。セリナに、言いたいことがあるから」


 陽斗の声は震えていた。でも、逃げなかった。


「俺は、君のことが好きだ。最初は、ただ一緒にいるのが楽しくて。でも気づいたんだ――君の笑った顔を見るだけで、心があったかくなる。君がつらそうだと、俺も苦しくなる……それってもう、好きってことなんだと思う」


 セリナは、涙をこらえるように顔を伏せた。


「どうして……今になって、そんなこと言うの。あんた、私のこと避けてたくせに……!」


「怖かった。君とアッシュの関係も、俺が何もできないってことも、全部。でも――それでも、君の名前を、俺が呼びたいって思った。セリナって、俺の声で呼びたいって……思ったんだ」


 その瞬間、セリナの目からぽろりと涙がこぼれた。


 陽斗が手を伸ばし、その涙を指先でぬぐう。


「……バカ」


 かすれた声で、セリナが言う。


「ほんとに……バカ。でも、戻ってきてくれて……よかった」


 そして、彼女は陽斗の胸にぽすんと顔を預けた。


 初めて、自分から。


 ぎこちなくも優しく、陽斗はその肩を抱きしめる。


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