ごめん、ずっと嘘ついてた
その日、王城の中庭に小雨が降っていた。
灰色の空の下、アッシュ・ヴェルグリードはじっと立っていた。
雨粒が鎧に落ち、静かに音を立てる。目の前にはセリナ・アーデン。ふたりの間には、誰もいない。まるで世界が彼らだけを残して、遠ざかっていくような感覚だった。
「……なんで、急にこんなこと」
セリナが目を伏せたまま言う。声はかすかに震えていた。
「今しかないと思った。ずっと言えなかったんだ。子どもの頃から、お前のことが――好きだった」
雨音が、よりはっきりと聞こえた。
「俺は、お前の笑顔が見たかった。つらいことばかりだっただろうに、それでも前を向いて生きるお前が、……ずっと、眩しかったんだ」
セリナはその場に立ち尽くしていた。アッシュの想いの重さが、胸の中に降り積もる。
やがて、静かに口を開いた。
「……ごめん。私、誰かの想いに応える器用な人間じゃない。アッシュがどれだけ真剣に言ってくれてるか分かる。だから……ごめんってしか、言えない」
アッシュは、しばらく何も言わなかった。けれど、やがて笑った。それは、少しだけ寂しげで、でもどこか清々しい笑みだった。
「……そっか。断ってくれて、ありがとう」
「アッシュ……」
「セリナの気持ち、無理やり変えようなんて思ってない。ただ、ちゃんと伝えたかったんだ……あいつと、ちゃんと向き合ってやれよ」
あいつ――風間陽斗。
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一方、陽斗は中庭の片隅でふたりの姿を遠くに見ていた。
何気なく通りがかったとき、偶然ふたりが話す様子を目にしてしまったのだ。
そして、セリナがうつむき、アッシュが小さく頷いたその瞬間を――
(……告白されたんだ)
そう直感で分かってしまった。
そしてその場を、陽斗は走って去った。
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「……どこ行ったのよ、あのバカ……」
セリナは一人、宿舎の前で濡れた髪を絞りながら呟く。
陽斗が戻ってこない。雑用係たちの間でも、どこか落ち着かない空気が漂っている。
セリナは一人、夜の王城を見上げる。
(なんで、黙っていなくなるの……ちゃんと、言いたいこと、あったのに)
彼女の胸の奥に、悔しさとも寂しさともつかない感情が渦巻いていた。
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一方、王都の郊外。かつて訪れた小村のはずれで、陽斗はひとり、夜空を見上げていた。
雨は止み、雲間から星がのぞいていた。
セリナのことを思い出す。言葉にできなかった気持ち。怖くて踏み出せなかった一歩。けれど、今は少しだけ分かる。
(俺は――逃げてばっかりだった)
でも、まだ遅くない。
自分の想いに、正直になるなら――




