十年後、約束の木の下で
「じゃあね、ゆうくん、ぐすっ」
あーちゃんが泣いてる。
ぼくもきっと泣いてる。
あーちゃんの顔がぼやけて見えないから。
あーちゃんは、遠くへ引っ越すことになった。
子供のぼくたちにはどうすることもできない。
だからぼくたちは、約束したんだ。
「十年後、ここであおうね、ゆうくん」
大人になって再会しようって。
その時、ぼくの気持ちを伝えよう。
たかが六歳の恋。
でも、真剣な想い。
ぼくは、この気持ちを忘れないよう木にメッセージを彫った。
◇◇◇
街が一望できる丘の上。
そこに立つ桜の木。
花びらがはらはらと舞って落ちる。
約束の場所。
十年前の約束を果たすため、ぼくはここにいた。
街の景色はずいぶん変わった。
でも、ぼくの気持ちは変わってない。
それは、とても嬉しいことだ。
下から誰かが上がってくる。
青い色のワンピースに白いカーディガンを羽織った女の子。
手足が長くてとても大人っぽくなってるけどすぐわかった。
あーちゃんだ。
あーちゃんが顔を上げる。
「……本当に、いた」
泣き笑いのような顔でぼくを見つけた。
約束したんだから、そりゃいるよ。
あーちゃんがぼくの隣に座った。
「久しぶりだね、ゆうくん」
十年ぶりだもんね。
「ゆうくん、変わってないなぁ。すぐわかったよ」
あーちゃんは、変わったね。
とても、その、綺麗になった。
「なに? 私のことじっと見てる〜。何、何?」
あーちゃんがイタズラっぽく笑った。
恥ずかしくて口になんてできないよ。
「下は、ずいぶん変わっちゃったね」
あーちゃんが街並みを見下ろす。
「でも、知ってるところもまだあるね。あ、見て見て、あの駄菓子屋さん懐かし〜」
お小遣いもらってよく行ったよね。
「幼稚園、なんか広くなってない?」
行きも帰りも一緒だったね。
「あの頃はさ、私たち、十六歳ってすっごく大人で何でもできるって思ってたんだよね」
それで十年後だったからね。
「……ごめんね、ゆうくん」
どうして謝るの?
「私、ゆうくんがずっと待ってるなんて思わなくて」
待つぐらいなんてことないさ。
「でもね、最近聞いたの。ここに子供の幽霊が出るって」
……あーちゃん?
「どんな見た目か聞いて、まさかって思って来たら……そのまさかだったよ」
あーちゃんがぼくを見る。
「ゆうくんだったんだね」
ぼくを見てる。
何を言ってるの、あーちゃん?
「十年前、私たちがお別れしたあと、ゆうくん事故に遭って……私、毎日泣いてたんだよ」
ぼくが、事故に?
「ゆうくん、あれからずっとここで私のこと待っててくれたんだね」
……ああ、そうだ。
僕、事故で死んだんだった。
頭にあったのは、あーちゃんとの約束が守れなくなっちゃうってことだけで、それでずっとここに、あの頃のままの姿で。
「ごめんね、ゆうくん、来るの遅くなって、ごめんね、ごめんね、ぐすっ」
泣かないであーちゃん。
ちゃんと約束の日に来てくれたじゃないか。
「ずっと好きだったよ、ゆうくん」
ぼくもだよ、あーちゃん。
もう言葉にはできないけれど……あ、そうだ。
「え、何を指さしてるの? 木を見ろってこと?」
あーちゃんが約束の桜の木を見た。
「あ、木の幹になにか書いてある」
『あーちゃん、大好き』
「ゆうくんっ、ゆうくんっ、ゆうくんっ!」
ああ、やっとだ。
やっと気持ちを伝えることができた。
これでもう思い残すことはない。
「ゆうくんっ、体が消えてってる! 行かないで! 待って!」
バイバイ、あーちゃん。