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4/7

GLの古典にして不朽の名作について書くよー

一応もう一回言っとくけど、ネタバレノー配慮ですよ



森永みるく著『GIRLFRIENDS』(全5巻)


 友情百合も好きだし、GLも好き。でも一番好みなのは、友達から恋人に変わっていく恋愛百合。……そんなわが同胞必読の書が、この『GIRLFRIENDS』だ。

 15年近く前に刊行された本作品は、一部で「GLの古典にして不朽の名作」と称されている。その内容はというと


 引っ込み思案な高校生熊倉真理は、ある日、明るくて人気者のクラスメイト大橋亜希子(通称あっこ)と友達になる。やがて亜希子に対する真理の感情は、友情以上のものに変化していき……。


という、極めてオーソドックスなものだ。

 けれども、王道の開拓者だから名作扱いされてる、というわけじゃない。

 この『GIRLFRIENDS』が不朽の名作と讃えられているのは、完璧すぎるくらいに描き切っているからだ。友情から愛情へ変化する繊細な乙女心、そしてそれに付随して巻き起こるドラマを。

 喜びも苦しみも悲しみもすれ違いも、全ておざなりにしない。来たるべき結末のために、友達に恋してしまった少女の葛藤を、余すことなく描き出している。

 まあ一言でいえば、「超出来がいい」ということだけど……。


 そもそもまず、序盤のただの友達のシーンからして、気合の入り方が半端じゃない。

 主人公真理は、ヒロイン亜希子の手ほどきによって、新しい髪形や初めてのおしゃれ、知らない遊びを覚えていく。大人しい少女が、活発な娘に手を引かれ、世界を広げてゆくときめき。知らない扉を開けるたびに、新しい自分になっていく高揚感。素敵な同性に対する憧れと尊敬。その憧れに自分が近付いていく喜び。そんなきらきらした高校生の日常を、少女漫画のようなかわいらしい絵柄で鮮やかに描いている。

 後書きで作者が


<感想でよく頂いたのが「きっとすてきな学生時代を過ごされたんでしょうね」……そういう事にしておきます>


と自嘲していたが、そう勘違いする読者がいるのも無理はない。それくらいに主人公たちはきらめいている。

 そうやって魅力的な交友関係を描いた結果、説得力が凄まじいことになっている。真理が、亜希子にどんどん惹かれていく……その行程の説得力が。

 この手の百合では雑に扱われがちな(なんならほぼ省略されたりする)、序盤の「友達としての好き」。その下ごしらえを一切手抜きせず、完璧にこなしている。それがまず第一に素晴らしい。


 もちろん、話の胆である「恋心に気付いてからの葛藤とドラマ」も、丁寧この上ない作りだ。

 気付きの発端となる事件は、寝ている亜希子に真理が勢いでキスしてしまう、というものだ。

 真理は後日謝るが、亜希子は


<友達とちゅーとかよくあるし!!

 だから全然気にしなくていいよー 挨拶ってゆーか…

 遊びじゃん?>


と一笑に付す。それによって真理は逆に


<私がキスしたのは…そんなんじゃなくて―――>


と恋を自覚し、同時に、その恋に脈がなさげなことも知る。そんな入口だ。

 真理が切ない想いを募らせていく場面が、ここから長く続いてゆく。そしてそれを描く森永みるくの筆致は、異様に冴え渡っている。作者は丹念に段階をわけ、じっくりと主人公を追い詰めていく。逃げ道のない、もはや告白するしかない方向へと。

 真理はまず、これは恋じゃなく親愛や独占欲だ、と思い込もうとする。

 しかし亜希子にカレシがいたことを知り(誤解)、深く傷つく。そのことで、自分の感情が恋以外何物でもないことを思い知る。

 だからってどうしようもない。

 そう思った真理は次に、友達の方が逆にいい。ずっと一緒にいられるから、と自分に言い聞かせる。今のままで十分幸せだ、と。

 しかし元カレ(誤解)とイチャつく(誤解)亜希子を見ると、たちまちその自己欺瞞は崩壊する。体調を崩すほどに、強く激しく嫉妬をしてしまう。


<男の人といる彼女を見て 思い出した

 考えないようにしていた 事を>


 そして、自分が求めているものは友情じゃない。亜希子の愛情と、体を求めているのだと気付く。(ちなみに、初めて真理が黒い感情を表出させるこのシーンは、それまでのギャップでズンと迫力がある。個人的にお気に入りのシーン)


<あっこに彼氏が出来て… 別れて また彼氏が出来て…

 これからずっと あっこが誰かとつきあうたび こんな気持ちになるんだ。

 耐えられない。>


 出口のない感情に翻弄される主人公は、作者の導きによって、更に混迷の深みへとはまっていく。

 亜希子を好きでいる限り、自分の心はひたすら傷ついていく。その苦しさに耐えかねた真理は、おりよく告白してきた無害な青年に、「いいよ付き合う」と返答してしまう。

 彼のことを好きになろう。そう決意する真理だが、案の定うまくいかず、名前も覚えられない。見かねた亜希子から「同情とかで付き合うんだったらやめたら?自分でもそうされたらやでしょ」と忠告されると、思わず気持ちがこぼれてしまう。


<私だったら嬉しいよ。同情でも何でも。

 でも… そんなの絶対 ありえないもん…

 私の恋は 絶対に叶いっこないもん>

 

 そして勢い余って、好きだということを伝えてしまう。動揺する亜希子。けれどすぐに真理は冗談だとごまかし、亜希子は疑うことなくそれ(冗談ということ)を信じた。

 友情を壊しかけた。そう思い、自分の行為を悔やんだ真理は、無害青年とのお付き合いに真剣に向き合うことを決める。二度と本当の気持ちは口にしないと決める。

 なのにやはり男を好きにはなれず、デート中にキスされて逃げ出してしまう。結局彼に事実を話し、あっという間に別れてしまう。

 が、別れ際に真理は、無害青年から背中を押される。彼から自分を好きになったきっかけを聞かされ、「熊倉は勇気ある」と激励されたのだ。そして真理は、ついに自分の感情と向き合い……。


 そこから更に誤解やすれ違いを重ね、物語は感動のクライマックスへと向かう。


 このように、健気な主人公の心の揺れを、これでもかというくらいに描写しているのが『GIRLFRIENDS』だ。

 女子が女子の友達に恋をする。そのエモーショナルな気持ちの機微を、存分に描いた作品なのだ。

 初めて読んだときの気持ちを、今でもはっきり思い出せる。

 読み終えたとき自分は、「友達に恋する系の百合は、もうこれさえあればいい」という気がした。この系統の百合でやるべきことは、全部『GIRLFRIENDS』がやってしまったんじゃないか、もうこれ以上やることがないんじゃないか、と思ったのだ。

 もちろんそれは一瞬の気の迷いで、すぐそんな気持ちは消えた。翌日からまた、友達に恋する少女の漫画を読みまくった。恋心を極端にカジュアル化したもの、官能を前面に押し出したもの、性欲をオミットしたもの、人間関係を複雑にしたもの、etc。

 けれど、今でもときどき思う。友達に片想いする話の醍醐味は、『GIRLFRIENDS』が描いたものの他ないんじゃないか。他の要素は全部不要なんじゃないか、と。

 この作品で繰り返し何度も描かれるのは、少女の「友達の『好き』では足りない」、という乾きだ。


<親友……

 前は嬉しかった言葉なのに 今は少し悲しくなる>


<「恋人」は別れが来るかもしれない けど

 私は友達だからずっと隣にいられる。

 大人になって 結婚して子供が産まれてそのときだって きっと

 だけど

 それ以上近くにはなれない。

 一生。>


 自分にとっては、この渇望こそ、友達に片想いする百合で求めているものだ。迷って悩んでためらって、それでも前に踏み出す少女の物語が好きなのだ。

 友達から恋人へ。

 その勇気ある一歩はいつだって、読む人の心を震わせる。例えどのような結果になろうとも。

「愛する君と出会えたのは奇跡」的な言い回しは、ラブソング等でよく耳にする。実際そうなのだろう。好きになった人とセクシャリティが合致して、その上自分のことを愛してくれるだなんて、本当に奇跡みたいなことなのだろう。この作品を読むと、普段は気にもしないそんなことにまで考えが及ぶ。ひいては「そういう奇跡が全て祝福される世の中にしなければ」と、襟を正すような気持ちにまでさせられる。別に社会性のある漫画ではないけれど、優れた作品には皆そのような力がある。

『GIRLFRIENDS』はGLの古典にして、不朽の名作だ。ページを開けば何度でも、求めるものを満たしてくれる。


 所で森永みるくの作家としての長所は、その言葉選びのセンスだ。

 特にモノローグでは、その才能を遺憾なく発揮している。5巻冒頭のそれなどは、額に入れて飾っておきたいくらいだ。読むたびに胸が熱くなる。きっとこういう気持ちになりたくて、私は百合を求めるのだろう。


(以下、『GIRLFRIENDS』最終巻5ページより引用)


  一年前 初めて話をした

  一番大切で一番大好きで

  一番特別な友達と


  友達じゃないキスをしました。

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