第496話 ハンゾー健康道場
ローハンと共に『ゴルド王国』首都『アトランティス』へ向かう際、ラナヤは『魔人』達に別れを告げていた。
「絶対に俺はヤバいと思うけどな」
「フレイスと同感ー。シャクラカンが一人増えた様なモンじゃん」
「…………」
フレイス、ウィンド、グリードは少し離れた所で移動用に馬を宥めるローハンをチラ見して各々反応を示す(グリードに関しては終始無言)。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ。彼と王都へ行きながらこちらの事情を話す」
「『王』がお前との謁見を望んでいた。是非、今後もスメラギと共に『エクストラ』で力を貸してほしいと」
「妾には過ぎた提案だ。【妖精王】にはありがとう、とだけ伝えておいてくれ」
「…………生きて帰れよ」
そう告げて別れるオーロラへラナヤは何も返せなかった。皆は救出した人々を連れて、一旦国境を越えに離れていく。
「待たせた」
ローハンとリースの元へ来ると、一度頭をペコリと下げた。
『全然大丈夫ですよー』
「時間がもったいないから、首都へ向かいながら話すぞ」
「はい」
見つけておいた2頭の馬に二人は跨ると、首都『アトランティス』へ向けて駆ける。
「敬語は面倒だから前の調子でいい。まず、スメラギは今、どこで何をやってる?」
『ゴルド王国』にいる事は分かっている。事情は複雑そうだが、国から去ったという事は無いだろう。
「妾が知る限りの事を語ろう」
ラナヤは自分がスメラギに助けられてから『トップリット』と呼ばれる『エクストラ』と『ゴルド王国』の境にある高原地方で療養していた事を語った。
「妾達はシャクラカンを討つ為の戦力と作戦を詰めていた。そして、ハンゾー先生の体調が回復した後に首都『アトランティス』へ攻め入るつもりだった」
「だが、そうなってないな」
「『シックス・ナイツ』」
ラナヤの口からとある戦闘集団の名前が出る。
「シャクラカンが見出した『ゴルド王国』の精鋭となる六人だ。『永遠の国』を攻略する為にシャクラカン本人が鍛え上げた強者達。その中の一人であり最強の男……グランドブレイカーの部隊に『トップリット』は襲撃を受けたのだ」
『そんな……それじゃスメラギって人は……』
「…………」
ローハンとリースへはラナヤ視点のみの情報となるが、ここからは当時の様子を事細かに語っていくとしよう。
朝霧が立ち込める。
常に雲の中に存在しているかのように靄のかかるその場所は、外からの眼を完全に覆い隠していた。
霧の高原『トップリット』。
その場所は『ゴルド王国』と『エクストラ』を挟む高原地帯であり、季節風が交わる交差点である事もあって天候が移り変わりやすい場所でもあった。
“豪雨”、“突風”、“雷電”、“吹雪”――
普通の種族ならば生きて行く事さえも困難な環境。しかし、エレメントで構築されている『魔人』ならば逆に潤いを得ることが出来る貴重な環境だった。
荒れた模様が標準である『トップリット』において貴重な“晴天”が高原を照らす時、“命の雫”が一滴だけ生まれる。
『命の雫』
荒れた天候による自然界の魔力が凝縮され、“晴天”と言う無害空間が発生した瞬間に出現する天然の万能薬の事である。
それが発生し、地面に落ちるまでは僅か数秒に満たない。その一滴を――
「――――」
“黒い影”が攫う用に小瓶に収める。
“黒い影”は先ほどまでの雷電天候が止み、『命の雫』が発生するまでずっと外で待っていたのだ。
根気と発生する瞬間を逃さない集中力。
並大抵ではないソレを顔色一つ変えずに熟すのは【烈風忍者】スメラギである。
「後、もう少しで師範の身体は戻れられる」
スメラギは小瓶の中で光る『命の雫』を大切にポーチに仕舞うと、居住区へ急いだ。
『ハンゾー健康道場』
その様な看板が貼り付けられた木造の平屋は『アトランティス』の技術によって作られた特別製。
築120年の今もなお、『トップリット』の悪天候に耐え続けている程である。時に避難所としても使われる事もあった。
「あ、スメラギさん。おはようっす」
「うむ。おはよう、ササラ殿」
道場の入り口井戸で水を汲み、朝食の用意を始めようとしていたメイドのササラにスメラギは挨拶を交わす。
「今日の朝食は“空魚焼き”と“ロックエッグのだし巻き卵”っすよ。“高原米の白米”に……“カニ味噌汁”(キリッ)」
「完璧な栄養食だ、ササラ殿。それに加えて師範の味噌汁にはコレを」
スメラギは『命の雫』が入った小瓶を手渡す。ササラはすぐに成分を分析理解して、
「ていうか……普通にコレを取ってくるスメラギさんとラナヤさんには正直ドン引きなんすけど……」
『命の雫』は『永遠の国』でさえ安定して採取する事は出来ない。
『トップリット』はその環境下故に比較的に発生しやすいとは言え、自分が悪天候に巻き込まれて命を落とすリスクの方が高いのだ。
そのリターンは僅か一滴。並の精神では続けられないだろう。
無論、価値は伝説級のモノであり市場価格は小瓶一つで国が買えるほどの貴重品である。
「師範の苦労に比べれば小川に佇むよりも容易い所業だ」
「ホント、お二人さんが味方で良かったっす」
「ふっ、当然だ!」(ドンッ!)
スメラギはササラに食事の用意を任せるとその足で母屋の奥へ向かう。
縁側の廊下を進み、曲がった所でとある部屋の前でくノ一――ラナヤが正座をしていた。見ると、落雷に少し打たれたのか服が僅かに焦げている。
「遅かったな」
「そなたも苦労したようだな」
「力がまだ整理しきれていない。もう少しで肉体とイメージの整合性が揃いそうだ」
ラナヤは術の鍛錬よりも、精神統一を主に行う修行をしている。
「頼もしき。決戦の日は存分に暴れ回ろうぞ」
「『トワイライト』の二の舞をこの国でさせるつもりはない」
互いに残るその傷を理解できる故に、今回の戦いに置ける意気込みは増すばかりだった。
「スメラギ、先生の警護を頼む。妾はササラを手伝うとしよう」
「任されよ」
ラナヤは、すっ、と立ち上がると場をスメラギに任せて歩いて行く。痺れた足でちょっとだけ転びそうになった様を見て見ぬフリするのは常識である。
“スメラギか?”
「はい。師範」
部屋の中から声をかけられて、スメラギは自然と正座して応じる。
“話がある。入れ”
「失礼いたします」




