第487話 寂しかったですか?
『ケミカルフィーバー』
【戦機】ボルックの持つ専用武装であり、科学的な回帰や変換を行う能力を持つ。
“物は燃えると灰なる”
これは定められた世界の仕組みであり、始まりから終わりまで変えようのない摂理である。
しかし、『ケミカルフィーバー』はその逆が可能だった。
“灰から物へ”
無機物限定だが、一度摂理が止まった事象を一つ前の段階まで遡る。ソレが『ケミカルフィーバー』最大の特徴だった。
だが、ゼウスはコレが自然の摂理に大きく反すると説き、ボルックに修正を提案。幾つかの設定を己の中で固定した。
その内の二つが“熱を小石”に“衝撃波を無風”にすると言うもの。
故に理論上は可能なのだ。
“超新星爆発”の熱エネルギーを『ケミカルフィーバー』にて炸裂前に無数の小石へ変換する事が――――
超新星爆発まで9分05秒――時間がない。
『『ケミカルフィーバー』を発動するのは“爆縮”を一番内側で抑えている『スフィア』だ。そこにワタシが入る事が出来れば――』
「それは不可能です。『スフィア』への信号は既に途絶えています」
“爆縮”の漏れ出るエネルギーを抑えるために『重力膜』と“外殻”は外からの干渉を受けない程に密度を集めている。
『亀裂から行く。カイル、『霊剣ガラット』で外殻に亀裂を通してくれ。レイモンド、ソレが広がらない様に『重力』で保護を頼む』
「ヤダ」
「僕も同意見です」
カイルとレイモンドはボルックの要請を即座に拒否した。
『この世界を救うためだ。これが――』
「ふざけんな!」
ボルックへカイルが言い返す。その表情は珍しく本気で怒っていた。
「俺が『霊剣ガラット』を使えるようになったのは……お前を殺すためじゃねぇ!」
「ボルックさん。僕とカイルは貴方を助けに来たんです。犠牲にする為じゃありません」
レイモンドも静かな口調だが、それでいて怒りを含む様にボルックはそれ以上は何も言えない。
その時、外殻の亀裂が広がり始めた。
超新星爆発まで4分11秒――
ボルックの案をこれから起こすには最早絶望的だ。
『ならば』
ボルックは『機人』全機に『ケミカルフィーバー』のコードを配布した。
「【戦機】ボルック――」
『一人でも多く生き延びろ』
超新星爆発まで38秒――
マザーは『機人』全機に通達を終え、『オフィサーナンバー』は『ケミカルフィーバー』の魔法陣を外殻へ向けて展開する。
「時間が必要か?」
その時、帽子を脱いだルドウィックが翼を形成しつつ、そんな事を言いながら外殻の亀裂から中へ侵入した。
内部は既に膨大な熱量が荒れ狂い、今にも溢れ出しそうなほどの核反応が起こっていた。
ルドウィックの身体は内部に入った時点で燃え上がる。
『ルドウィック……何をしているのですか?』
辛うじてまだ通信が届くマザーの言葉にルドウィックは笑みを浮かべながら答えた。
「【スケアクロウ】の“コア”は恒星だ。無論、俺のもな」
『それでも意味はありません……』
「ああ。止める事は不可能だろう。だが、時間は延ばせる。その間に世界を救え」
『貴方を犠牲にした世界は正しいと言えるのですか!?』
服が焦げ落ち、皮膚が溶けながらも翼だけは維持しつつルドウィックは“爆縮”の目の前に辿り着いた。
「俺は落とし所を誤ったんだ。女神様も俺の結末がこうである事は望んじゃいないだろうよ」
『でしたら――』
「反抗期ってのをやってみたくてね」
そこで通信が途切れた。ルドウィックは筋肉と僅かな骨格だけになった己の胸からブラックボックスを掴み引きずり出す。
「あれだけ優秀な“妹”なら俺はもう必要ない」
超新星爆発まで3秒――
「あばよ、ガキ共――」
最後に浮かぶのが旅団の面々である事にルドウィックは笑うと、“爆縮”に自分の“恒星”を押し付けた――
木漏れ日――
アイマスク代わりに覆っていた帽子を外す――
大樹の根元――
香ってくる茶の匂い――
起き上がる――
「――――女神様。ちょっと厳しすぎません?」
茶を淹れていた女性は少し驚いた表情を作った後に微笑む――
女性の側に佇むゼファーと枝に停まるエアレイドも珍しく賛同してくれた――
「ちゃんと指示通り見届けて来ましたよ。ホントに大変でした」
寂しかったですか?
その言葉に彼は被った帽子をくいっと持ち上げると大樹を見上げながら――
「完全に蛇足の人生でしたけど、俺の人生としては上出来です」
“爆縮”が狂う。
順当に進んでいた“超新星爆発”のプロセスは、ルドウィックの“恒星”により大きく狂わされた。
外殻の亀裂から光が漏れ、それは今にも炸裂するのでは無いかと思わせるエネルギーは次の瞬間には消沈する様に収まっていく。
「なんだ!? ルドウィックのおっさんが飛び込んだぞ!?」
「ルドウィックさん……」
『ルドウィックが己の“恒星”を使い、“超新星爆発”のプロセスを狂わせた』
ボルックの言葉にカイルとレイモンドは理解する。
ルドウィックは犠牲になったのだと……そして――
超新星爆発まで30分05秒――
「なん……だよ……それ! クソ!」
カイルは『霊剣ガラット』を抜いて外殻を斬ろうと振り上げた所をレイモンドが止める。
「カイル! そんな事をしても意味がないんだ!」
「離せレイモンド! こんな球……俺が斬る!」
詳しく説明されずともレイモンドは理解していた。“超新星爆発”は斬った所で止まるモノじゃない。同じエネルギーでも爆発を僅かに遅らせるだけで無力化出来ないのだ。
「望みは生まれました」
マザーは一度“爆縮”の波が引いた事により、外殻を抑えていた手を離し、三人の元に着地した。
「先程、【戦機】ボルックが提案した作戦をお願いします」
「マザーさん……何を……」
「私が『スフィア』に飛び、『ケミカルフィーバー』を発動します」




