第461話 次の行き先は
「よく生きて戻ったな」
「運が良かっただけです……」
僕はよろよろと片足を引き摺りながら歩いていると、サウラさんが肩を貸しに来てくれた。
テラーさんはカイルの横に布団を用意してくれていて、そのまま仰向けに倒れ込む。
「切断された右耳は……」
「こちらで冷凍保存してあります」
ドレッドさんが、保全容器に入れた僕の右耳を抱えてやって来てくれた。そのままテラーさんへ手渡してくれる。
「全て終わりましたら手術を行いましょう」
それだけを言い残して、半身になったブラックさんの元に居るマザーさんの所へ歩いて行った。
「レイモンド、やるじゃん! ブラックってヤツも滅茶苦茶強かったけど、お前の勝ちだ!」
「あー、あんまり叫ばないで……頭がキィーンてなるから……」
頭に三本の針が刺さるカイルが声を上げる。
「それに、ブラックをぶっ飛ばした最後のアレ! めっちゃヤバい技じゃん! いつの間にあんな事、出来るようになったんだよ!」
やはり、そこに注目が行く。
スゴイ威力=強い。と言う単純明快なカイル方程式に“星の重さ”は絶対に無視しないと思ってた。
『威力は“星”と同等の重量を検知していた。本来ならば、反動でレイモンドの身体も粉々になっている』
「ええ!? レイモンド、お前大丈夫か!?」
「……一応は両手足揃ってるでしょ?」
あの瞬間だけ完璧に制御出来たのだ。アレが……考えられる“究極の重さ”。あの感覚を今手繰り寄せられるかと問われると……難しいだろう。
「……僕は君みたいに強くなる為に生きる気はないよ」
「じゃあ、何をするんだ?」
「…………」
カイルはディーヤさんとの問答を忘れたのかな?
面倒だけど、答えないと質問は永遠に続く可能性があるので――
「僕は……一度、『ターミナル』に帰るかな」
「え……レイモンド、『星の探索者』抜けるのか?」
途端に意気消沈するカイル。僕は変に誤解している彼女の為にかいつまんで説明した。
「別に抜ける気はないよ。ただ、改めて家族と話してみたいって思ったんだ」
「なんだよ、脅かしやがって! そういう事なら、ゼウスさんに次の行き先は『ターミナル』に行くようにお願いしようぜ! 俺もレイモンドの家族とか故郷見てみたい!」
故郷……か。どんなに美化しても思い浮かぶのは……『女』『暴力』『金』『薬』『性交』が主な街だ。
「……良い所じゃないよ」
「行って見ないと分からないだろ?」
歯を見せて笑うカイルに、僕は何時ものように拒否権は無いのだと嘆息を吐いた。
しかし、今なら少しは故郷も違った視点で見る事が出来るかもしれない。
“何だテメェコラァ!”
“ぶぶぶ、ぶっ殺すぅ!”
“ウチはレイミーだ! 覚えとけや、クソカス頭がっ!”
「…………」
……やっぱり無理かも。
「ブラック」
『マザー、命令を遂行できず……申し訳ありません』
マザーは半身で頭を下げる事さえも出来ないブラックへ、しゃがみ、頭部を添えるように持ち上げる。
全能力を使った“勝利”。それがブラックへ下された命令である。しかし、この結果はとても遂行できたとは言い難い。
「止まっていた『重力』の検証。新たに進められそうですか?」
『はい。不可能だと思っていた“星の重さ”を50年以内に再現して見せます』
「では、引き続きその任務を貴方に任せます」
『ヤーマザー』
マザーは起き上がると、ドレッドに任せたフィールドの整備指揮を見ながらホワイトへ通信を入れる。
「ワン」
『隕石の駆除は終わりました。今、お側に戻ります』
「その前に『ツリー』よりブラックの身体を。そして――を開放しなさい」
『宜しいのですか?』
「ええ。貴方が遅れを取らないと、結論が出ていますので」
『了解』
「レイモンドさん、右耳は聞こえる?」
「はい。少し広範囲を捉えるのに不便なだけで、近くの声は十分に聞こえます」
切られた右耳は、長さが半分になったものの一般的な聴力は問題ない。
テラーさんは手慣れた様に右耳に包帯をくるくる巻き、負傷した右足も簡単な添え木で固定してくれる。
「あ、テラーさん。足の方は――」
その時、ゴォ! と上空に巨大な飛行物体が現れた。滞空時に吹き荒れる風圧から自分たちを保護する様に僕は『重力』の壁を展開する。
『――いいのか? ――そうか』
「ボルックさん?」
向こうから通信を受け取ったらしいボルックさんは、そう二言だけ呟く。そして、目の前の飛行物体から一体の『機人』が飛び降りて着地した。
「お! ボルック!」
それは、ボルックさん本来の身体である。僕たちからすればとても馴染み深い姿だ。
歩いてくると、改めて僕たちの状態を診てくれる。
「解放してもらえたんですね」
『ホワイト殿に敗北した事で脅威度が落ちたのだろう。『アステス』での権限は君たちと同じだ』
『ボルック、お前。よくそんなダセー身体に戻ろうと思えるなぁ。ある意味同情するぜ』
ジェイガンさんの価値観はやっぱりキャタピラボティが一番と言うことらしい。
『慣れ親しんだ身体が一番だろう。それに、これは恐らくコレから始まる戦いに必要な処置なのだ。こちらから提案をしようと思っていた』
飛行物体は滞空からゆっくり着陸すると、そこからホワイトさんとセルリアンさんも降り、ブラックさんも新しい身体で降りてくる。
「改めて、ああやって見ると壮観ですね」
マザーさんを前に『オフィサーナンバー』は全員が畏まっていた。それは神話の絵画の如く静観な様子が感じられる。そして、
「それじゃ、最終戦を始めるぞ」
ルドウィックさんの言葉が響き、マザーさんは振り返る。そして、その瞳が僕たちを映した。




