第459話 大地の重さ
見てるだけで、レイモンドはかなりの綱渡りだとわかる。対してブラックは己の存在意義を全うした形だな。
ほぼ無傷のブラックと無視できないダメージを負ったレイモンド。特に切られた右耳は機能しているのか不明だ。
かなりの速度で、レイモンドはブラックに追いついた様だが……ここからは3000年の検証でも止まっている領域。
『大地の重さ』が試される……か。
『…………』
ブラックはその場で構えを取る。拳を握り、半身の中腰。安定して重さを伝える構えは合理的なモノ。
レイモンドは不確かな呼吸を整えつつ、身体を起こす。そして、一度大きく息を吸う様に空を見上げて――
「いけー! レイモンドォ!」
カイルの声にふっ、と笑うとブラックへ駆け、距離を高速で縮めていく。
接近距離感……6m……5m……4m……3m……2m……1m――
助走をたっぷり乗せ、『重力』の質を上げたレイモンドの飛び蹴りは、隕石の落下に相当する威力を持っていた。しかし、ブラックは微動だにせず『インパクト』にてその威力を完璧に相殺。
衝撃波が周囲の木々を揺らし、俺は帽子が飛ばされない様に抑えつつ目を離さない。
ブラックの数センチ手前で、レイモンドは蹴りの姿勢で静止すると言う奇妙な光景が繰り広げられていた。
その相殺の中、ブラックが動く。向けられているレイモンドの靴裏に半歩踏み込み、トン……と拳を当てた瞬間、
『大地の重さ』
ゴゴォン! と地震が起こったと思わせる音にレイモンドは弾かれる様に吹き飛んだ。
「く……あっ……!?」
水面を跳ねる水切り石の様にレイモンドは吹き飛ばされ、滑って停止する。
蹴りを放った片脚は負傷したのか、即座には起き上がれない様子だった。同時に、ソレを放ったブラックの片腕も僅かに損傷した様だ。
『どうやら俺の調整はまだ的確では無い様だ。お前の足の形がまだ残っているとはな』
今の威力は『アステス』のどの兵器よりも高い数値を弾き出してやがる。だが、検証不足もあって的確に放つ事は出来なかったみたいだな。
それか、レイモンドが無意識に『重力』で防御したか……何にせよブラックはソレを最適化し、止まっていた検証を終わらせる気だ。
「…………」
震える足で何とか立ち上がるレイモンドと再び構えるブラック。
レイモンドは硬直する。負傷に加えて、攻略の糸口が無いのなら流石に踏み込めないか?
ルドウィックの想像とは裏腹に、レイモンドは痺れる足を引きずる様にブラックへ近づく。
一歩、また一歩と、まるで死地へ向かうかのように足取りは不確かなモノだった。
『大地の重さ』
それに対する攻略方法は無い。先ほどは足裏を弾かれた為、威力が斜めにズレた故に直撃では無かったのだ。それでも、もう走れない程のダメージに足を引きづってでも近づくしか無い。
何のために?
「…………」
ブラックさんの凄さがよくわかる……
僕が頼りにする『重力』がこんなにも複雑で深いとは考えもしなかった。
追いついた、と彼は僕を称してくれたけど……そんな事はない。ただ、無理やりその背中を追いかけただけ……
身の丈を考えない全力疾走。息が出来なくなる程に、心臓が弾けると思える程に、我武者羅に走った……ただそれだけだった。
『――――意図が不明だ』
『重力』を纏わず、足を引きずりながら、ブラックさんの拳が届く1m圏内に僕は近づいていた。
「僕にも……分かりません……ただ――」
真っ直ぐブラックさんを見る。顔の片側に傷の様に刻まれた“Ⅲ”の数字。ソレが何よりも彼の誇りであると感じられたから――
「貴方に敬意を払います」
『――――――ふっ、そうか』
1010101010102453――――
ブラックさんの拳が放たれる。
僕は半身で避ける。足は限界を超えて無理やり動かす。
『――――』
「――――」
カッカッカ――と最も使い込んだ身体がブラックさんの攻撃を最適で避ける様に自然と動いてくれる。
ブラックさんは拳と脚を使い、丁寧で堅実な連続攻撃。
感じる……その全てに『大地の重さ』が付与されている。当たれば終わり……当たれば――
「あっ……」
コッ……と、下がった拍子に踵が地面の僅かな凹凸に引っかかり僅かに繋がってた足との糸が切れた様に膝が崩れる――
『目標を破壊する』
眼前に迫るブラックさんの拳。もう避けられない――
「動け! レイモンド!!」
カイルの声が聞こえて――
“お前は仲間の為に強くなりゃいい”
“お母さんは楽しみだよ”
“悪路は踏みしめられて走りやすくなっているハズよ”
“レイモンドは何を求めてる?”
“見えないモノを見えるようにする必要はない”
“ほしのおもさ?”
『――――』
ブラックは不可解な状況を観測した。それは予期せぬ視点。
視点はレイモンドを捉えていた。捉え続けていた。繰り出した『大地の重さ』を付与した右拳部は100%レイモンドに当たる。だと言うのに――
何故、俺の視点は空を見ている?
ブラックの体勢はバランスを崩されて仰向けに倒されていたのだ。
流れから見て、レイモンドは体勢を崩しながらもブラックの手を取り、軸足を払って横倒しする様に彼の背を地面に着けたのである。
「――――あり得ません」
マザーは思わず立ち上がった。
『重力』に置ける基本である“自重の制御”を損ない、ブラックが転ばされるなど、何をどう観測しても絶対に起こり得ない事だったからだ。
それは数値ではたどり着けなかった領域――
観測値ではなく、太古の先人達が積み重ねてきた血脈と経験が『兎』に更なる自由を与えた瞬間。
理想と現実が繋がる――
今までの自分を越えた瞬間だった。




