第449話 消去しなさい
「ボルックさん!」
ルドウィックがホワイトさんの勝利を宣言したと同時に僕は上半身だけのボルックさんに駆け寄った。胸は装甲が斜めに抉るような傷により配線がぐちゃぐちゃで右腕部は砕けている。頭部に光は灯っていた。
『生存と言う話ならば問題ない。ただし、今後の戦いには出れないが』
「ふぅ……大丈夫です。この状況も十分に織り込み済みですから」
僕は安堵しつつボルックさんの上半身に肩を貸して、サラフさん達の元へ戻る。下半身はマザーさん側の『機人』が回収して行った。
「…………」
『…………』
その際にブラックさんと視線(向こうはカメラ)が合った気がした。しかし、今はサラフさんにボルックさんを診てもらう事を優先する。
サラフさんは、やれやれ、と肩を竦め、
「手加減無しにやられたな」
『別の身体が必要だ。マザーには頼れない』
「一応、動ける身体はある。店にある旧型だが」
『最低限の四肢が揃っていればいい』
「ボルックー、大丈夫かー?」
まだ身体を動かせないカイルの声が響いてくる。
『問題ない。この損傷は想定以上だが』
「やっぱり強ぇーぜ! 『おふさーなんばー』!」
カイルはそう言って笑う。
残りは二機。マザーさんは最後なので次に出るのはブラックさんで確定だ。
「それじゃ場も片付いたし、レイモンド。そっちから戦うヤツを出してくれ」
「それは決まってます」
ルドウィックさんの催促に僕はカイルとボルックさんをそれぞれの対応者に任せて歩き出す。
『レイモンド! 俺のイケメンボディがあれば一体は仕留めてやったってのに……すまねぇ!』
「気にしないでください、ジェイガンさん。元は僕が言い出した戦いです」
『レイモンド、ブラック殿は未来の君だ』
「解ってます」
「レイモンド!」
カイルの声にそちらに目を向けると、仰向けなので右拳を上に突き出していた。
「負けるなよ!」
「――僕もリベンジするよ」
そう返すとカイルは笑ったので僕も踵を返して笑う。そして、ザッ、とフィールドに立った。
「マザー、もう大丈夫です」
ドレッドはゆっくり身体を起こすと、立ち上がりマザーに丁寧な所作で一礼した。
マザーも立ち上がり、お尻の汚れを軽く叩き落としならドレッドを見る。
「セカンダリー、貴女の得た“変数”を最も解析出来るのは貴女です。後に報告をお願いします」
「かしこまりました」
ドレッドは椅子を寄せるとマザーは着席。その後ろに立ちホワイトの代わりに警護に移る。そして、共にフィールドに歩み出るレイモンドへ視線を向けた。
「そっちの準備は良いか?」
ルドウィックの視線と声。ブラックはマザーの命令を待っていた。
「サード。貴方は一度、レイモンドに勝利していましたね?」
『はい』
「その記録は意味がありません。消去しなさい」
ここまでの戦いで目の当たりにした全ては、今まで『アステス』が観測してきたモノを大きく上回っていた。
同じでも、同じじゃない。故にマザーは命令する。
「サード。手加減は無用です。全性能を使い、勝ちに行きなさい」
『ヤー、マザー』
本来『オフィサーナンバー』を動かす命令は隊長からが主であるが、マザーから直接与えられた命令はどの命令よりも最優先に遂行しなければならない。
ソレが彼らの存在意義であり失敗した事は過去に一度も無かった。
「…………」
ブラックは歩み出るとレイモンドに近づくにつれて黒いオーラが装甲の隙間から漂い出る。そして、レイモンドの前で歩みを止めた。
身長差は頭1個分。レイモンドは若干見上げる形で相対する。
「それじゃ、4回戦目を始める。双方、準備はいいな?」
「はい」
『問題はない』
頭部に刻まれたⅢの数字がアイライトによって強調される。
ブラックが纏う黒いオーラは、彼の使う『重力魔法』がより浸透している証であった。魔力が知覚できる程にその特性を濃く宿し、光さえも遮っているのである。
無論、『重力魔法』はレイモンドも使い慣れたモノであるが、ソレ故にブラックの様子には悪寒を禁じ得ない。
海を知るダイバーが得体の知れない底しれぬ海峡へ恐怖を抱くのと同じ。慣れ親しんだモノでも、深淵を覗こうとすればそれ相応の覚悟が必要になる。
“命”を……捨てる覚悟が――
「……」
マザーは椅子に座り、脚を組んでその膝の上に手を乗せて無表情の視線を向ける。
その対戦を自分の眼で僅かにも逃さぬ様に記録する為に。
「……ドレッド」
「はい」
「【スケアクロウ】を出撃待機させます。貴方の判断で迎撃し、被害をゼロに抑えなさい」
「畏まりました、マザー」
レイモンド。貴方の始めたこの戦い。貴方は何を示してくれるのです?
「4回戦、開始!」
ルドウィックがそう宣言すると同時に『重さ』がフィールドにのしかかる――




