第435話 脳に刺さってます
Ⅳの機体が縦に両断され信号が消えた。その状況から『オフィサーナンバー』の全機が同時に、カイルによるマザーへの脅威度を算出。結果は……
“カイル・ベルウッドを排除し、マザーを守る”
その判断を即座に導き出し、行使がカイルへ向けられる瞬間――
「全機その命令は“炎の5番勝負”が終わるまで待機とします」
各々の能力でカイルを殺そうとした『オフィサーナンバー』は、その一言で行動を停止する。
その様子と勝負を見届けたルドウィックは、くいっと帽子の唾を持ち上げて宣言した。
「勝者、【銀剣】カイル・ベルウッド」
「よっしゃあ! ごほっ! ごほっ! うぇえ……くらくらする」
勝鬨を気持ち悪さから途中で中断したカイルは額を抑えながらフラフラと、レイモンド達の元へ向かった。セルリアンの両断された機体は『機人』達によって回収作業に入る。
ホワイトはマザーに告げた。
『マザー、カイル・ベルウッドの排除は必然です』
「分かっています。しかし、今の一戦において、フォースが今までに観測した事のない“変数”を検知した事実も蔑ろに出来ません。この戦いは私たちにとって意味のあるモノとなります」
故にルールを守り続ける事をマザーは選択する。
『しかし、『オフィサーナンバー』が一機堕ちた事実は重大です』
『霊剣ガラット』がセルリアンの機体を切り裂いた瞬間から、セルリアンのAIは検知出来なくなっている。
これは消滅の概念が無い『永遠の国』において、その“永遠”が覆される明確な脅威と言っても過言ではない。
すると、マザーは自分の胸に手を当て、
「フォースは無事です。カイル・ベルウッドの一刀が振り下ろされる瞬間、私が回収しました。今は私の中に観測した“変数”と共にあります」
マザーはセルリアンを保護した後、即座に次の機体へ移る事を勧めた。
しかしセルリアンは、得た“変数”を安全な場所で解析したいと言い、マザーの中に居ることを選択したのだ。
「私もフォースの観測した“変数”を直接解析します。ワン、試合の運びは任せますよ」
『任務了解』
「うおーリベンジに成功したぜ、レイモンド! かっはふっ!」
戻ってきたカイルは、いつもの様子でニッ、と歯を見せて笑うがダメージは大きい。
攻撃力は申し分ないんだけど防御に関しては全部才能に任せている所もあって、本当に目が離せない。
「君はもう少し、避ける事とか考えなよ」
「別にぶった斬れば勝てるんだから避ける必要ないだろ? こほっ! こほっ!」
『カイル、あまり肺活力は使わない方が良い。片肺、左肩、右脇腹が機能を停止している。横隔膜の動きも阻害されているだろう』
「ゼェ……ゼェ……何か息苦しい……」
「はいはい。カイルちゃん横になって」
と、テラーさんが用意した簡易ベッドにカイルはフラフラと身を預ける。『霊剣ガラット』も手から離れて横に下ろし、向きはうつ伏せから仰向けに変えられた。
「肺と肩に脇腹ね。それじゃ、じっとしててね」
ジャラ、と針の入った箱をテラーさんが横に寄せる。すると即座に察したのか逃げようとするカイル。取り押さえる僕とボルックさん。
「うぉー! ちゅーしゃヤダー!」
「怪我してるんだって! 大人しくしなよ!」
『凄まじい抵抗力だ。心肺機能が半減している上でこのスペックは興味深いな』
「はなせー!」
ジタバタ暴れるカイルは打ち上げられた魚の様に落ち着きがない。片腕が使えないのにここまで抵抗するなんて……本当に“針”は苦手な様だ。
「やぁ!」
その時、テラーさんの渾身の“一針”が暴れるカイルの額に、とん、と刺さる。
それに伴ってカイルはピタリと身動きを止めた。そして、限界まで額の針に寄り目して、
「レ、レイモンド……俺……俺の頭に……針! 針が刺さってるんだけど!」
「下手に動くと死ぬよー」
テラーさんがにっこりそう宣言するとカイルはダラダラと汗をかいて身動き一つしなくなった。
「この針はカイルちゃんの脳に刺さってます。大人しくしてないと、ずぶって奥に入っちゃうかもね」
その説明にカイルは、ガタガタガタ、と身動きしないまま震え出す。
「停止された身体への信号は早めに戻さないと、後遺症になるかもしれないから。カイルちゃんはじっと出来るかなー?」
答える様に、コクコク、と首を振る。
その動きで頭を滅茶苦茶、動かしてるんだけど小さな針が頭蓋骨を貫通するとは思えない。
しかし、カイルからすれば頭に針が刺さってる状況が必死過ぎて、頭の針に対するテラーさんの言葉が嘘だと気づいてないのだろう。
「それじゃ、ちょっと服を脱がして針を刺す所の肌を出すからねー」
カイルの治療をテラーさんに任せている最中、マザーさん側は次の対戦相手をフィールドに上げていた。
「私の相手はどなたが努めてくれるのでしょうか?」
ドレッドさんが手を前に組み、丁寧な姿勢でにこやかに場に歩み、止まる。
「マザー側は『オフィサーナンバーⅡ』セカンダリー・ドレッドだ。レイモンド側も次の対戦相手を!」
ルドウィックさんの言葉にカイルはカッ! と目を見開く。
「ドレッド! 俺! 俺が戦――」
「おっと、間違えて二本目が脳にー」
「あ゛ー!? 二、二本も“針”が額にー!!」
テラーさんがアイコンタクトでカイルは治療に時間がかかり、次の戦いには出せないと告げてくる。
ドレッドさんはセルリアンさんの様な搦め手を使うよりも純粋な戦闘力を主にしているとボルックさんも言っていた。
そのスペックはクロエさんに匹敵するらしく、セスタさんの戦闘記録映像からもソレが偽りでないと確認出来る。
加えて『Tタイプ』と特徴である内蔵武器。これを行使してくる事を考えると……『重力』で動きを阻害する僕か、オールレンジに対応できるボルックさんのどちらか――
「レイモンドさん。私が行きます」
僕はドレッドさんの後も考えて、出場を迷っているとセスタさんが名乗り出た。
しかし……セスタさんも『Tタイプ』。ドレッドさんは手の内を全部把握しているだろう。
「セスタさん、ドレッドさん相手は僕かボルックさんの方が……」
「戦わせてください。いや……きっと私でなければリーダーの“変数”は動かせません」
「でも……」
「リーダーは『オフィサーナンバー』の中では唯一“自我”を持ちます。心に近いモノを持っている故に、単純に戦闘で攻略しても意味はありません」
セスタさんの視線にドレッドさんは細目を開き、“Ⅱ”の入った右瞳をこちらを向けてきた。
「それに、戦闘で勝つことさえも『フロンティア』では片手に数える程しか適任者は居ないでしょう。しかし……同じ『Tタイプ』の私なら勝負は出来ます」
「…………わかりました。けど、一つだけ条件があります」
僕はセスタさんからその雰囲気を感じ取った故にそれだけは厳守させた。
「負けてもいいです。絶対に死なないでください」
「――――わかりました」
セスタさんは笑って歩み出て行く。




