第427話 一緒に歩けない空気
残り時間33時間と30分。
最低限のメンバーは決まったので僕はテラーさんの診療所へと戻る。とは言っても、駆け足ではなく同時に少しだけ考え事もしたいので徒歩で来た道を進んでいた。
「道に迷わないのも便利だ」
『サーチレンズ』は視界に入る植物の情報を常に表示している。本当に国内のモノを全て管理している故に、詳細なデータが出てくるのだろう。
「空中にナノマシンってのも漂ってるみたいだし、気圧とかも管理してるのかな?」
『全ての環境を最適化している。48時間以内なら、過去の事象も遡る事は可能だ』
「うわ!?」
唐突に聞こえた背後からの解答に僕は咄嗟に振り返りつつ距離を取った。
そこには『オフィサーナンバーⅠ』であるホワイトさんが立っており、気配は欠片も感じなかった。
『偶然だな、レイモンド君』
「……本当に偶然ですか?」
『私は『ツリー』からランダムに歩行していた。マザーの命により、己の性能を100%引き出す為に』
こっちが準備して相手が何もしないワケはない。しかし、
「僕個人としましては、貴方達は本来の業務をしながらでも、そう言うのは整えられると思ってましたよ」
『ソレが100%を引き出す要素となる『機体』も居るだろう。ブラックがそうだ』
ブラックさんは『重力』に関する扱いに長けた『オフィサーナンバー』と言う印象が強い。僕は手も足も出ずに殺された。
思わず、折られた首を擦る。
『『首輪』は外れない。少なくとも『アステス』を出るまでは』
「外す気はありませんよ。ただ、忘れない為です」
『ヒトがトライ&エラーを得られる機会は少ない。せっかく得られた“トライ”は慎重に使う事をお勧めする』
ホワイトさんの言う通り、ブラックさんと僕の間にある技量差は相当なものだろう。僕だってそう思っている。だからこそ、
「ようやく、見つけたんです」
マスターからは学ぶ姿勢を、クロエさんから能力の効率を、ローハンさんからは基礎を底上げしてもらった。けど、自分の能力が大きく伸びるには大きなナニかが欠けていると感じていた。
カイルみたいに単純だったら苦労しなかったんだろうけど、ブラックさんと戦ってようやく分かったのだ。
『何を見つけた?』
「父の影」
最初の最初は【武神王】の六番弟子でもある父に戦う術を教えられた。
『獣族』『兎』として特化した能力と、それを効率的に機能させる為に足技を主体に技術を組み立てた。
その中で『重力魔法』に関しては重力の向きを変える程度しか教えてもらえず、『黒球』まで出来るようになったのは『星の探索者』に来てからである。
そして自分への理解が深まり、力をつけるに連れて、どうしてもこの事が頭を過ぎるようになる。
父はどれだけ強い?
けど、『ターミナル』に帰る気も無いし、父に戦いを挑む気は無い。そんな時にブラックさんが現れたのだ。
「良くも悪くも戦う能力があるなら目標は出て来ます。僕の場合はようやく、その整合性を合わせられそうなんですよ」
ブラックさんは強い。客観的に見ても勝てる可能性は低いだろう。けど、何故か負ける気は微塵も感じない。むしろ――
「少しだけワクワクしてます」
『圧倒的な力を見せつけられ尚、笑えるとはな』
「……僕、笑ってました?」
『ああ』
『サーチレンズ』に先ほど、宣言した時の僕の顔の映像が転送されてくる。
うわ……ホントだ。そんな気は全く無かったんだけどなぁ。カイルと長い間、一緒にいると引っ張られるのかもしれない。
カイルウイルスがまだ残ってるのかも。後でテラーさんにカウンセリングをお願いしよう……
『残り32時間と58分17秒後にまた会おう』
そう言って、ホワイトさんは僕を追い抜いて歩いて行った。
うーん……どうしよう。行く方向は同じなんだよなぁ。一緒に歩ける空気じゃないし少し待ってから帰ろう。
『各機、状況は?』
『今、移動中です』
『ドレッド、現在地は決闘予定地からかなり遠いぞ』
『何故、そんなに速度を出したがるのか。拙僧には理解出来ない』
『ブラック、セルリアン』
『国境は問題ありません』
『患者の容体も急な様子は皆無ですよ、隊長』
『相手のメンバーに関する情報は受け取っているな? その上で戦いやすい相手を選定しておけ』
『私はどなたでも』
『俺もドレッドと同意です』
『拙僧もです』
『マザーと『霊剣ガラット』をぶつける事だけは避けなければならない。ドレッド、『霊剣ガラット』の拘束は?』
『問題ありません。しかし『七界剣』は未解の存在。確実な保証はありません』
『監視できる所にあるなら問題はない。それに【銀剣】はお前との対戦を希望している情報がある』
『あら。では私がカイル様を行動不能にしましょう』
『【銀剣】は最も行動予測が立たない相手だ。決闘の初戦二つはこちらが先に選手を出す。マザーからの指令だ。第一試合と第二試合に出撃するのは――』
「……」
「ん? マザー、何見てんの?」
「ワンに命令した任務報告を受けているのです」
「レイモンドチームの偵察か? 別に『首輪』と『サーチレンズ』で追ってるから必要ないだろ?」
「それでもレイモンドの写真は撮れません。顔色を見るに、どうやら悩みは無さそうですね」
「――ははは」
「? 何か愉快な事を発言しましたか?」
「別に。頼もしいと思ってな」
盤石の体勢を更に盤石に整えて決闘に挑むマザーチーム。
調子を整え、決闘に可能な限り備えるレイモンドチーム。
そして……36時間のカウントが残り30分を切った時には、双方のチームは指定された決闘の地にて向かい合う。




