第41話 速く……もっともっと速く!
「すみません。少し、臆病になりました」
レイモドは、トン、と隣に戻ってくると申し訳なさそうに告げる。
「いやいや、そんな事はねぇよ」
オレとしてはレイモンドの内に秘める“暴力性”を見せて貰った。温厚そうだが、根には“鋭い牙”を持ってるな。だが――
「鋭利すぎる牙は脆く折れやすい。ここで退いたのは賢明で、悪くない判断だ」
『シャドウゴースト』の圧もあっただろうが、それでも己の牙を抜き身にしつつも、冷静に引っ込めて退く選択は中々出来ない事だ。
「クロエの『枝人』も引っ張り出した。こっからはヤツの選択肢を減らしていく」
「具体的には?」
レイモンドの交戦で『人樹』が、クロエの『枝人』以外では押さえきれないと思わせる事が出来た。次はソレを確定させに行く。
「次は三人でアタックするぞ」
「次は三人でアタックするぞ」
レイモンドの動きを見て、おっさんがそう判断した。その言葉にレイモンドは嬉しそうに安堵の表情を作る。
いつもは、他のメンバーに隠れているレイモンドの本気を少し見た俺は『星の探索者』に入ってしばらく経った時の事を思い出した。
“なぁ、なんでレイモンドはゼウスさん以外にも敬語なんだ?”
“普通は目上のヒトには敬語だよ?”
“クラン内だと分かるけどよ、移動先のヒトには全員敬語だし、年下の子供にも敬語だろ? なんか、徹底してる感じがしてさ”
“……これが“僕自身”に対する僕の戦いなのかもしれないんだ”
“?”
“君には敬語じゃないけどね”
“おう! 全然良いぜ! 俺も敬語なんで使ったこと無いしな!”
“君は少しだけ慎ましさを覚えた方が良いよ……”
少しだけレイモンドが敬語を使ってる理由がわかった気がする。だからと言って、レイモンドに対する見方が変わるワケじゃない。寧ろ――
“カイル! 貴女は、二人と戻りなさい!”
“クロエさん!”
「カイル、聞いてるか? 三人で行くぞ」
「うん。聞こえてる」
寧ろ……誰よりも俺がやらなきゃいけない事だろうが! カイル・ベルウッド!
“常に自分を越えなさい。求めるのは純粋な“強さ”よ”
俺が助けるから。もう少しだけ待ってて。クロエさん。
『…………』
“ボルック、お前は見届け人として距離を置いててくれ。もしも、オレたち三人が失敗した時、お前はストフリから貰った『氷の雫』を使え。『人樹』を凍らせて、次はクランメンバーを全員呼んで来てくれ。氷漬けなら『人樹』が他を取り込んで強くなる事はない。マスターなら『人樹』に取り込まれたオレ達を助け出せるだろうからな。退却のタイミングは任せるぜ”
単純だが、ローハンの作戦は理に叶っている。
三人が失敗した場合のセカンドプラン。それは、状況を正確に記録でき、『加速』を使って最速で戻れるボルックが最適だ。
『……やはり、落とし物の身体ではな』
『圧縮』も、最大直径五メートルの範囲しか無いため、直径20メートルを越える『巨大人樹』を倒すには火力不足だ。
『ローハン、カイル、レイモンド。ワタシが帰還する様な事にはなるな』
この戦いを一秒も損なうことなく記録し、状況を見てマスターの元へ帰る事。それが、今ワタシに出来る“最良”だ。
『人樹』はバーンとプシロンの『枝人』を引っ込めた。代わりにクロエの『枝人』を三体追加する。
「互いにカバー出来る距離で行くぞ。地中からの根には常に気を配れ」
「ああ」
「はい」
ん? カイルのヤツ、随分と静かだな。フッ、なんか思う所でもある様だし、ちょっくら好きにさせてやるか。
弟子の成長を見守るのも師匠としての役目だ。
「…………」
ローハンは二人をカバーする動きに切り替える。『人樹』は最初にレイモンドを中心に『枝人』を送り込むと予想。
そこで、カイルの爆発力が脇から炸裂すれば、一気に終わる可能性も高かった。
俺が突破して『人樹』をぶった斬る。でも、それをするにはクロエさんに――
カイルはクロエの実力を良く知っている。良く稽古をつけて貰っていたが、未だに彼女の服さえも掠りはしない。
剣の基礎はローハンから習ったが、形を積み上げたのはクロエとの稽古が大半だ。故に、この本番で掠りもしない自分の剣が届くのか、と言う懸念が反応を遅らせる。
四体の『枝人』が踏み込んでくる。ローハンとカイルに1体ずつ、レイモンドに二体。
ローハンの読み通り。レイモンドは少し下がりながら凌ぎつつ時間を稼ぎ、ローハンとカイルの援護を待つ。
各々交戦を開始。
カイルは正面から木剣で斬りつけてくる『枝人』の剣を受けた。
稽古以上の重さと鋭さ。やはり、自分に合わせて手加減してくれたのだと瞬時に察する。
やっぱり強ぇ! どう捌いても、倒しきるなんて――
カイルはクロエを倒す明確なイメージが湧かなかった。
彼女を尊敬し、その実力を知り、未だに届かないと思い込む故に、ソレが鎖として己の実力を縛りつけている。
「カイル、レイモンドと固まって動け」
そこへ、『枝人』に水魔法を発動させる前に焼き斬り捨てたローハンが援護に入る。
『枝人』は水魔法を使用。カイルに変わってローハンと刃を交える。
「おっさん……」
「レイモンドを助けてやれ」
カイルはレイモンドを見る。彼は下がりながらも、『枝人』を一体、撃破していた。
「――――」
違う……俺が――
カイルは下がらずに前に出た。目指すは『人樹』。
後悔は……するな! 俺!
『人樹』は『枝人』を三体生み出し、向かってくるカイルを迎撃させる。
「楽な状況じゃねぇぞ! カイル!」
分かってる。分かってるよおっさん。でも、決めたんだ。
一体目の斬りかかりの先を取り、カイルは剣を一閃させて、胴を斬り払う。
時間差で付き出してくる二体目の突きを、前に屈む様に避けると、剣をその腹に突き刺しそのまま縦に振り上げて割った。
三体目がそのカイルに横から木剣を振り下ろす。カイルは見ずに身を屈め、背にある『霊剣ガラット』にて木剣を受けると、回るように両足を斬り落とし、その流れで胴体も斜めに斬り払った。
一呼吸の間に『枝人』を三体撃破。カイルが一つの殻を破った瞬間を、ローハンは垣間見る。
怯えてどうする!? 躊躇ってどうする!? 全部おっさんとレイモンドに任せる気かよ!
更に追加で三体の『枝人』がカイルへ向かっていく。
俺が終わらせに行くんだ!
『枝人』が木剣を一振するよりも速く、カイルの剣が走る。
『加速』。それは制御を考えたモノではなく感覚的な発動に近い。しかし、カイルが最も欲する、相手よりも先に打ち込む速さ、を的確に発動していた。
三体の『枝人』が一挙動も許さずに撃破される。
後悔するな! 足を止めるな! 速く……もっともっと速く!
更に六体の『枝人』。カイルは一度足を止めると、それらを全て見据えて剣を構える。
「全部、俺が斬る!」
ローハンは、レイモンドと相対する『枝人』を後ろから斬り燃やす。
カイルの素質は『星の探索者』の誰もが認めていた。それはこの場に置いて、更に引き出され、場のメンバーに――
「レイモンド! カイルと行け!」
「はい!」
クロエを助け出した未来を見せるには充分だった。




