第385話 私はこの世界の“神”です
カイザークラウン編 開幕ッッ!
「『太陽の民』の勝ちみたいだぜ」
「シヴァが着いた勢力が負けるワケねぇだろ」
寒冷地『オベリスク』では風は無いものの、雪が止めどなく降り注いでいた。
極寒の環境下に置いて、魔力を利用した熱源の確保は効率が悪く、ドラム缶の中で薪を燃やすことで暖を取っている。
二人は地下拠点の入り口を警備する『解放軍』の兵士だった。
「あんた達、余裕ね。“クイーン”が目の前に居るのに」
「サリアさんが居るからですよ~」
「おつかれっす! 姉さん!」
二人は偵察任務から戻った『エルフ』――サリア・バレットに畏まって挨拶をした。
彼女は防寒具も兼ねたギリスーツに身を包みボルトアクションライフルと弓矢を武器として背に装備。そして、雪避けのゴーグルの奥から二人を見る。視線は一人が持つ『太陽通信』の見出しへ。
「あっちの戦争は終わったのね」
「みたいっすよ。『夜軍』の負けみたいっすね」
「『ナイトパレス』からの支援はどうなると思います?」
『解放軍』は『ナイトパレス』からも物資の支援を受けていた。
「あまり期待は出来ないわね。『フォトン』も撃たれてたみたいだし、今後は来ない事を考えた方がいいわ」
「マジっすか……」
「負けたなら尚更ね」
「正直、冗談抜きでこれ以上“支援”が減ると『ゴースト』を抑えきれませんよ」
「私の方からガイエンに打診してみるわ。『太陽の民』から支援を得られないか」
「そうなったら心強いですが……」
「シヴァはこっちの事情も解ってるから無視はしないハズよ」
サリアは片手を上げて二人の前を通り過ぎると、『解放軍本部』の地下拠点へと入っていく。
幅の広い階段を降りると、様々な物資が隅に置いてある広い通路を通りながらマスクとゴーグルを外す。
肩や頭を積もった雪を手で払いながら歩き、通り過ぎ様に、お帰りなさい、と挨拶をしてくる仲間達に挨拶を返す。
通路には幾つものドラム缶焚き火が置かれており、そこから生まれる暖かい空気が、緩やかな『風魔法』によって拠点全体に満遍なく行き渡っていた。
「ふぅ」
通路の途中にある装備の保管庫でギリスーツを脱ぎ、弓矢とライフルを所定の位置に戻す。タンクトップの上からジャケットを着ると腰のホルスターに銃を携えた。
『サリア殿』
「スメラギ」
不意に飛んで来た『音魔法』に驚きもせず反応する。
「……あんた、どこから声を出してるのよ」
「某の『音遁』をもってすれば崖の向こう側に声を届ける事も可能だ!』
「あんた今外? 馬鹿みたいに高所でマフラーを、はためかしてたら死ぬわよ」
『寒さなどにやれる某ではない!』
「“クイーン”が居るのよ。吹雪を起こされる前に何体か『氷嵐鳥』を抜いたけど、今頃怒り狂ってるだろうから」
サリアは近くの壁を背を預けて会話を続ける。
『この烈風を捕まえる事、主様以外には不可能ゆえ』
「……そうね。マスターになら捕まっちゃうわね」
懐かしむ様にサリアは眼を閉じて微笑む。
『サリア殿。聞いただろうか? ローハンとカイルが来た』
「ええ。クロエとレイモンドが来てるのは知ってたけど、あたしは『オベリスク』を離れられなくて接触できなかったわ」
『某もだ。シャグラカンは侮れぬ相手ゆえ』
「あんたも大変ね」
『『シャドウゴースト』の縛りがなければ、某の敵では無いのだがな!』
「気を付けなさいよ? 後、ボルックから連絡が無いわ」
『ボルック殿がやられるとは考えにくいが……『アステス』に侵入するにしても手が回らぬ』
「こっちもよ。しかも“クイーン”まで出てきた以上、余裕がない」
『サリア殿は現状維持が最善。四人の内、誰が来ても状況は改善できるだろう。某はシャグラカンを討ち取らねば!(クワッ!)』
「お互いに現地に長く関わり過ぎたわね」
目の前の問題を素通りできない心持ちはゼウスの影響も大きいだろう。
『某に後悔は無い。サリア殿は?』
「あたしも同じよ。目の前の問題をさっさと片付けて、ボルックを迎えに行くわよ」
『フッ、言われずとも!』
二週間の馬車旅はさほど問題なく終わり、『シーモール』の崖上にある『石碑』の所へ戻ってきた。
馬車を止めて、運転席から降りる。ほんのり水平線が明るくなって来ている夜明けの時間帯だ。
「絶妙な時間帯だな」
『石碑』へは少し待って朝を迎えてから行く方がいいか。
「着いたの?」
「ああ。索敵を頼むぞ」
到着を察して荷台から降りるクロエに安全の確認を頼んだ。
オレは荷台を覗くとカイルは眠りながらレイモンドにアームロックを極めており、レイモンドは、うーん……と悪夢を見ている様に唸っていた。リースは発光が睡眠の妨げになるので黒い布を被ってZzz……ってる。
「おーい、お前ら起きろー」
「ローハン」
「ん? どうした?」
「正面から“ナニか”来るわ」
的確に周囲を把握するクロエが曖昧に表現するのは珍しい。オレもその“ナニか”を確認するべく、荷台から降りる。
「――――」
『石碑』方面からから歩いて降りてきたであろう、“ナニか”は麦わら帽子に白のワンピースを着た長髪の女。しかし――
「観光ですか? 早朝から珍しい」
女の顔は真っ黒に塗りつぶされていた。
そして、真っ黒の顔がぱっくり開くように口が現れると、寝かした三日月の様に笑う。
「おはようございます。私はこの世界の“神”です」




