第376話 戦後情勢
終戦直後、戦場では怪我を負った者達の搬送が行われた。
『夜軍』は動ける兵士が負傷者を抱え、遺体に関しては、後にナイト領から人員を送る事で整理が行われる。
『太陽の戦士』側では、重傷者は『グリフォン』にて搬送。
軽傷者はシヴァと共に場の整理と『夜軍』への牽制の為に残り、『夜軍』が完全に撤退するまで眼を見張る意味でも場に留まった。
オレは腕を回収し『グリフォン』の便を待ってる間にヴァラジャに、腕の接合とクロエの治療もお願いすると、OKよん! と快い返事に安堵。
代わりに封印した『ナイトメア』を手渡し、ソニラの婆さんに渡すようお願いすると麻酔にて暗転する。
次に眼を覚ました時は病室に居た。腕はまだ上がらないが、指は動くので手術は問題なく終わったらしい。
腕のリハビリに二週間……全治一ヶ月ってトコか……
片腕の接合に『夜闇の雷霆』による内臓ダメージは相当だな。マスターのメディカルベッドの偉大さを改めて知る。
オレの居る病室は日射しと横風が通り抜け易い構造をした広い一室だ。
隣のベッドではカイルが、がーがー寝ており、レイモンドも近くのソファーに横になっている。リースもカイルの枕元で羽を降ろし、Zzz……と記号が頭部から出ていた。
「全員生き延びたか……」
「起きたのね」
皆の無事に改めて安堵すると、クロエが反対側のベッドに座っていた。服は患者服で、腹は治療されている。
「病室は重傷者だけじゃねぇの?」
「私たちは気を使ってひとまとめにされてるみたいよ」
「……お前は大丈夫か?」
「ええ。貴方が起きたなら、私も少し休むわ」
そう言って、クロエは横になった。
相変わらず家族以外には心を許さないか。まぁ、ソレが【牙王】の教えでもあるのだろう。つくづく、ストイックなヤツである。
「ローハン」
「どうした?」
「マスターは来てないみたいね」
「だな」
戦争などと言う大事が起これば嫌でも注目を集める。オレ達の名前もそれなりに伝わってるだろうから『遺跡内部』にマスターが居るのなら眠ってる間に来ていてもおかしくない。
「三人の事も捜しに行かないとね」
「追々な。今は何も考えずに寝てろよ。起きるまで見ててやるから」
「ありがと」
クロエは安堵する様にゆっくり寝息を立て始めた。まともに休めてなかったな、コイツ。危なっかしいのは姉弟共通だぜ。
「入って良いかしら?」
すると、店長が開きっぱなしの扉にノックしながらオレを見ていた。
「いいっすよ」
「終戦から48時間――2日が経ってるわ」
「相当寝てたみたいですね」
店長はオレの横に椅子を寄せて座った。
「ディーヤやシヴァの希望で、貴方達の治療は最優先で行われたわ。『里』でも貴賓扱いよ」
「今、『太陽の民』と『ナイトパレス』の情勢ってどうなってます?」
オレの質問に、店長は脚を組んで長い話になる様子で楽な姿勢を取る。
「『ナイトパレス』は戦後処理を済ませたわ。遺体を回収した後は『土坂』に誰も姿を見せてない」
「ナイト領兵だけでもまた攻めてくる可能性はありましたけどね」
ブラッドと関係の深いナイト領は、他の者達よりも今回の敗戦はこちらに対して過剰に反応する可能性があった。
「『ビリジアル密林』に大きな穴が空いたからね。埋まるまで、50年はかかるでしょう」
「その間は『太陽の民』に見張りを頑張って貰いますよ」
『太陽』が戻ったなら『太陽の戦士』達に比肩する勢力は早々に現れない。特にシヴァが無傷で居るのなら尚更である。
「『ナイトパレス』に関してはこれくらい。後は向こうから接触が無い限りは何も解らないわ」
「追々解ってくると思うんで、そっちは気にしなくていいです。それよりも――」
「『太陽の里』でしょ?」
被害報告を聞きたい。
戦線では敵を抜かれた事はなかったが、駆けつけたディーヤを見る限り、後方でも戦闘があった事は明白だ。
「【ロイヤルガード】のメアリーとその部隊に回り込まれたわ。ディーヤと残った『戦士』達が迎撃に出たけど、死者は多数。生死不明者が10人ほど」
「生死不明者?」
「歩けるようになったら『翼院』に顔を出しなさい。ソニラも貴方から助言が欲しいハズよ」
かなりの被害を受けたらしい。攻撃力が欲しかったからカイルとレイモンドは前線で戦わせたが……後方に配置しておくべきだったか。
「そんなに貴方が考える事じゃないわ。戦争をしたのよ? 死者がゼロなんて事は絶対にあり得ない。前線での死者も10人止まり。イレギュラーに対応した上で良く抑え込んだ方よ」
「……馴れないですよ。やっぱり、戦争には関わりたくないですね」
そんなオレの様子から店長は話題を戦争から『里』の近況に切り替えた。
「貴方達が寝てる間に子供達が帰ってきたわ」
「子供達?」
「メアリーに捕まった『里』の子供達よ。『ナイトパレス』でクロエが保護してたみたい。ついさっき、馬車が到着して今頃、家族で再会してるでしょうね」
「そうですか」
子供達を保護していたと聞けば『里』におけるクロエの立場は少し良くなるだろう。まだしばらく滞在するし、ギスギスするのは御免だ。
「それで金貨500枚も一緒に来たわ。ローハン、貴方の借金は終わり」
「あ、そうっすか」
【ロイヤルガード】としてクロエが持ち合わせる資産から金貨500枚を捻出して貰っていた。元を辿れば、クロエが店長の店を穴だらけにしたんだから同然だよなぁ。
すると、店長は金貨の入った袋五つをオレの膝の上に置いた。
「? これは何です?」
「貴方の借金は金貨340枚。その返済は完了。差分と160枚も含めて金貨500枚で、次は私からの依頼をするわ」
「店長が? 前もって言っときますけど……永久従業員は無理ですよ。ずっとここに居るつもりはありませんし」
「私もそのつもりは無いの。貴方達が『遺跡内部』を脱出する目処が経ったら私も連れて行きなさい。この金貨500枚は報酬の先払いよ」
「別にそう言う事なら……金は要らないですけど……」
『創世の神秘』とも関係が深く、眷属に誘われる程の実力と人格を持つ店長の頼みを断る方が無理な話だ。
「私は貰うだけは嫌なの。そろそろ『ジパング』に帰りたいし、貴方達の話を聞く限り、脱出の計画は立ってるみたいだからね」
オレ達の目標は、“願いを叶える珠”を解放して『遺跡内部』から脱出を願う事だ。色々と不確定要素はあるものの、店長からすれば唯一の機会なのかもしれない。
「“剣”に“杖”。そして“冠”ねぇ……」
「あ、何か知ってます? 店長ってこの世界中を歩いてたんですよね?」
リースも情報を持ってるだろうが、店長はもっと古くから各地を点々していた。それなりの情報を得られるかもしれない。
「後は“冠”……それなら『オベリスク』の『カイザークラウン』の事かしら」
「『オベリスク』? 確か……大陸の中心にある寒冷地帯の事ですよね?」
「『オベリスク』は元々、すべての国を繋ぐ大国だったの。とある災害が起こって、ソレを『アステス』が止めた。その副作用で滅んだのよ」
「…………マジです?」
「マジよ。当事者だからね。『オベリスク』の王は世界の誰もが認める『皇帝』だったらしいわ。その頭上にある『王冠』は王の中の王であると世界に認められ、特殊な魔力を宿していたと言われている」
「でも今は……」
「滅んでる。“杖”よりもこっちの方が難題かもしれないわね」
……考えるのは後にしよ。