第331話 治ってないからね!?
世界にはイレギュラーが存在する。
『ノイズ』によって可視化された“情報”は『太陽の民』を見るには不確定だった。
それが解ったのは【極光波】シヴァとの戦闘。ヤツが纏う、膨大な“陽気”は『ノイズ』を完全にシャットアウトしていた。
逆にソレが基準となる。『ノイズ』が見えない『太陽の民』は総じて『戦士長』クラスなのだと測る事が可能になった。
「幼き【極光剣】。ソレがお前達の切り札だな?」
地上でオレ達の落下を待ち構えるブラッドは『破壊剣』を構えていた。
ヤツに逃げる理由はない。
オレとクロエは無視出来ないだろうし、ディーヤに至ってはここで確実に倒しておきたいからな。だが――
「優先順位は横並びだぜ?」
「この瞬間、一人消える」
ブラッドが両手で『破壊剣』を持ち、落下するオレに合わせて刃を定める。
オレは『千年華エプロン』を右腕に巻いて即席の受け籠手を作った。
“【ライバック】は孤児を集めた傭兵団の名前だ。そんでもって、そのラストネームを名乗るヤツは皆『ブレイカー』を持ってる。俺の場合は大剣だけどな”
「S――」
振り上げられる『破壊剣』の刃。本来ならば全てを消し飛ばすハズのソレをオレは『千年華エプロン』籠手に合わせて受けた。
「!?」
衝撃が通らずに刃は跳ね返る。
不自然に弾かれたブラッドは、大きく仰け反った。何が起こったのは解らないと言った様子。オレは落下の勢いが相殺され、ヤツの目の前に着地――
「――貴様は引き出しが多いな」
仰け反った姿勢を修正したブラッドの踏み込み。『破壊剣』を上段から振り下ろしてくる。
こっちが何をしようとも“不死”によるごり押しで攻撃を通す気なのだろうが、流石に安置過ぎるぜ。
「――&B」
オレも踏み込み、右腕に滞留する衝撃をブラッドの胴体にねじ込む。
衝撃がブラッドを貫くと、発生する余波で奴の身体はバラバラに消し飛んだ。
隕石でも落下してきたかのような衝撃に『土坂』が揺れ、『ビリジアン密林』の鳥達が地震と勘違し一斉に飛び立つ。
「……ヤバ過ぎだろ……」
オレは素直に驚愕する。籠手代わりにした『千年華エプロン』は『ブレイカー』の下地になったにも関わらず、シワが寄っただけで破れてさえもいなかった。
「『アーティファクト』レベルに不可解な頑丈さだ……」
『土蜘蛛』の糸は、特に衝撃と圧力に強いとは聞いているが、店長の“糸”は格が違うな。
「どうせ、どっかで聞いてんだろ【夜王】さんよ。あんまりオレ達をなめると、先に『肩代わり』が尽きちまうぜ?」
オレはそう啖呵を切ると『千年華エプロン』をバサッと広げて、スッ、と着直す。まだ業務中だ。
『破壊剣』による地面の破壊とその後に起こった『S&B』による衝撃は戦場全体に響き、【夜王】との激戦の様を伝えていた。
しかし、その戦闘模様を直接見ることは遮られた『土壁』によって叶わず、リースからの報告で伝わる程度だった。
「リース、マジ? 【夜王】ってもう四回死んでんの?」
『そうみたい。でも、不死のせいで決めきれない感じ』
『太陽の民』側の段台上にはVS【夜王】の最新情報がリースの口から伝えられる。
「【夜王】ブラッドは個人での戦闘力も『三陽士』クラスはあると考えられるわん。それに“不死”が上乗せされてるとなると……ディーヤが参戦しても厳しいかもねん……」
ヴァラジャは知れる情報の限り、冷静に戦況を分析する。
『三陽士』クラス。不死。
この二つの強者ワードを聞き逃さないカイルは、こそっと『霊剣ガラット』を近くに喚んだ。
「…………よし」
「カイルちゃーん?」
「うわ!?」
『霊剣ガラット』を持って、こっそり崖上からローハン達の所へ行こうとしたカイルの肩をヴァラジャがニッコリして掴む。
その片手には注射器が握られていた。
「わ、わかってるよ! ほ、ほら! 武器がないと不安だからさ! 座ってるから! チューシャをキラッて出すの止めてくれ!」
「本当に、貴女とゼフィラちゃんは次に戦場に出たら死ぬって事を忘れない様にねん!」
そう言ってヴァラジャはカイルに釘を刺すと他の怪我人の所へ。
「…………」
痛みも引いてきたし(鎮痛剤でマヒしてるだけ)、ヴァラジャの姉ちゃんが忙しい時に、どうにかして抜けらんねぇかな……
性懲りもなくそんなことをカイルは考えていると、
「ヴァラジャさん、急患です」
「くっそ……」
「クォーラちゃん。片足をやられたわねん」
レイモンドが肩を貸して救護してきたのは片足を負傷したクォーラだった。かなりの深傷で骨が見える程である。
「ナイト領兵は並みじゃないです。一人一人が熟練者『戦士』と同レベルですよ」
それが乱戦の中で不意を突いてくる。実力もさることながら、戦場の判断力と咄嗟の連携力に『戦士』達の被害が増え始めていた。
「それに手加減してるのか……こっちにトドメは刺さないんです」
「嫌らしい戦い方ねん」
相手に負荷を強いる戦い。生きていると反撃を食らう可能性がある乱戦の中で、ソレを的確に実行できるのは実力者の表れだ。
その“加減”は殺すよりも難しい。
「クォーラ、クォーラ」
「カ、カイル。見ないと思ったらお前も怪我してたのか……」
カイルに気があるクォーラは近寄ってつんつんしてくる彼女にドキッとした。
【ロイヤルガード】のミッドを討った事は聞いている。
「下の奴ら強えー?」
「あ、ああ。かなりな」
「【夜王】とどっち?」
「そ、そりゃ……【夜王】だろ」
「そっか……そうだよな!」
ワクっ、と笑うカイルにレイモンドは嫌な予感がして踵を返す。
「……じゃ、僕は下に戻るんで」
「待てよぉ! レイモンド!」
ぶわっ、とカイルはレイモンドの背中に飛びかかると呪いの様に張り付いた。
「うわ!? なにさ!?」
「レイモンド……おっさんの援護に行くぞ!」
「はぁ!? 何を言ってるのさ!? 君は死にかけてるんだよ!?」
「痛くないし……治った!」
「それ、治ってないからね!?」
戦闘と治療の為に服がボロボロであるカイルの胸は巻かれた包帯に隠されてるだけ。生に近い胸の感触がレイモンドの背中に押し当てられる。
「『霊剣ガラット』もある! なんとかなる!」
「なんとかじゃダメなの! 使うなって言われてるじゃん! 降りてよ、もー!」
わちゃわちゃするカイルとレイモンドの様子を無言で見ていたクォーラは、
「……ヴァラジャさん、あの二人って付き合ってるんですか?」
「さぁ? そんな話は聞かないわねん。ふふ、カイルちゃんを狙う倍率は高いわよん? 頑張りなさい♪」




