第326話 “夜空デート”にでも誘います
メアリーが消滅した事により、彼女が保持していた『虹色の柱』は再び『太陽の宮殿』にて、高々と天に昇る光となる。
「…………」
「ようやく先代を越えたな【極光剣】」
復活した『虹色の柱』を座って見るディーヤにシルバームは歩み寄ると、同じ様に横に座った。
「……ハイ」
“ディーヤ。後は任せたぞ”
あの時、『虹色の柱』に還っていたアシュカの意識と話すことが出来た。ディーヤは“陽気”を手の平に知覚すると、ぎゅっと握る。
その時、空が再び『夜』に覆われた。
「根本的に【夜王】を潰さないとダメか」
「…………」
ディーヤは無言で立ち上がる。
「ディーヤ」
「戦いはまダ、終わっていませン」
「今だけ、上を見てみろよ」
座ったまま夜空を見上げるシルバームの言葉にディーヤも視線を上に向けた。
無数の星々が夜を飾り付けるかのように列を成して光り、巨大な川の様に壮大な光景を展開している。ソレは『夜』にしか見れない太陽とは違った光だった。
「――――」
「今だけだ。個人的な事を言うとな、コレと縁の無い俺たちは少し損をしてると思う」
「――そうですネ」
すると、バサッ、と羽音を響かせて近くに『グリフォン』のフライアンが着陸。敵の可能性を考えカルニカと千華だけが様子を見に来たのだ。
「ディーヤ! シルバーム様! ご無事で」
「おう」
「ディーヤも大丈夫ダ――」
口ではそう言うが、ディーヤの消耗は思ったよりも酷かった。フラつき、今にも倒れそうな程に顔色も悪い。
「ディーヤ……もう貴女は……」
「行かなきゃ駄目ダ。皆……待ってル」
「でも……」
また彼女を送り出さないと行けないの?
カルニカは倒れそうなディーヤを支えながら葛藤する。
今の『太陽の里』は負傷者も多い。加えて敵に一度侵入された可能性から防備に備える必要があり、最前線に『戦士』を送ることは出来ない。
「カルニカ、その眼をした子に何を言っても無駄よ」
千華はディーヤの作る強い眼は、過去に出会った何人かの人物が持ち合わせていた事を思い出す。
その中の誰もが前に進む事を選び、周囲の者達に、その意識は止められなかった。
「ディーヤは前線に行くべきだ」
「シルバーム様まで……」
「俺は感情論だけで言ってるんじゃない。最前線での士気を上げる意味でも、ディーヤは顔を出さなきゃな」
ひゅっ、とシルバームは『戦面』をディーヤに投げる。
「シルバーム様……これハ?」
咄嗟に受け取った『戦面』は真新しく、見たことがないモノだった。
「ネハさんから渡す様に言われてな」
ディーヤは『戦面』を見る。自分のサイズにぴったり合わせたモノで、前に使っていたモノよりも馴染む感覚がある。そして、裏側に――
『製作者クシ』
製造した者の名前が刻まれていた。
「…………クシ」
ディーヤは『戦面』を抱きしめる。
ずっと一緒だったクシはディーヤがどうすればより力を発揮できるのか誰よりも知っていた。
戦意が弱い弟は、自分にできる事で姉を支えようとしたのである。
「カルニカ、前線に送ってくレ」
死しても尚、自分を支えてくれるアシュカとクシに応える為に、ディーヤの瞳はより強く戦意を宿す。
「……わかったわ。そのかわり、戦う前にヴァラジャに診断してもらうのよ?」
「……注射は苦手ダ……」
年相当の困り顔に、カルニカは頭を撫で、シルバームと千華は笑った。
“ライン大河に落ちたスカイをお願いしまス”
と、頼み事を残し、セミロングになった髪を後ろで結んだディーヤはカルニカと共にフライアンに乗って『太陽の里』を飛び去った。
「ふー、何とか当初の目的通りに行きますよ」
その様を見届けたシルバームは千華へ告げる。
「ディーヤが『ブリューナク』を宿せていない時点で、計画は大きく変わってるわよ」
千華は『宮殿』に残った戦いの痕跡を見る。部分部分が破壊でなく、消滅している。この様な現象は『創世の神秘』でさえ易々と起こせないだろう。
「『ブリューナク』……とんでもない効果ね」
「俺も扱いには苦労してます。今回も広がるのを抑え込むので精一杯でしたし」
シルバームも顔色がかなり悪い。その消耗度から、『ブリューナク』を抑え込む事に対する負荷が相当なモノであると解る。
「それで、貴方はいつ前線に行くのかしら?」
それでも、役割を全うする事を示唆する千華にシルバームは、うっ、と言葉を詰まらせた。
「まさか、後はローハンとディーヤに丸投げするつもりじゃ無いわよね?」
「あはは、やだなぁ! そんなワケ無いじゃないですか! ホント、ホント!」
「まったく……」
千華は呆れてそんな言葉しか出ない。
「前線の情報が解らない以上、手札を温存する意味は無いわ。敵のイレギュラーを何とか撃退出来たとは言え、現状は綱渡りよ」
「わかってます。ただ、確実に『ブリューナク』を【夜王】にぶちこむには敵と味方の両方の補足から外れる必要があるので」
すると、対岸から船にてソニラと動ける『戦士』達が『宮殿』へとやってきていた。
『虹色の柱』を使い、少しでも【夜王】に力を消耗させる為である。
「こっちの防備は私に任せなさい。後ろは気にしなくて良いわ」
「そいつは助かります」
よいしょ、とシルバームは立ち上がると、皆が来る方とは反対方向へ歩いていく。
「そんじゃ、俺は一旦消えるので」
「シルバーム」
「なんスか?」
「ゼフィラには貴方が必要よ。必ず戻りなさい」
「……そうっすね。全部終わったら“夜空デート”にでも誘います」
シルバームは茶化すようにそう言うと振り向かずに軽く手だけを上げて去って行った。
「……嫌なモノね」
感受性の高い『土蜘蛛』故に、他人の死相が濃く見える。
千華は、この時ばかりは自分が『土蜘蛛』である事を呪った。




