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魔物から助けた弟子が美女剣士になって帰って来た話  作者: 古河新後
遺跡編 終幕 滅びの先導者

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第317話 貴方を抱きしめさせて!

「ルーク、手を貸してちょうだい」

「! お嬢様!?」


 ヴェーダを排除した『太陽の宮殿』より、生える様に伸びる『黒色蝶』の様子を見上げていたルークは、対岸から手漕ぎボードでやって来たメアリーの声に気がついた。


「お嬢様! もう少し待って頂ければお迎えに上がりましたのに……」


 メアリーの伸ばした手を掴み引き上げる。グリードは一度、そちらに視線を向けるが、すぐにモーファーに戻した。


「いいのよ~。皆頑張ってるから私も少しはね。ふふ。このワクワク感も味わいたいの」


 改めて『太陽の宮殿』の敷地に立つ。宮殿はその屋上に立つモーファーの『黒色蝶』により少しずつ黒く染め上げられていく。同時に建物全体を繭へと成す様に覆い始めた。


「ふふ。グリード、モーファーをお願いね」

「……」


 メアリーは、こくり、と頷くグリードに場の維持を任せ、ルークと共に歩いて内部へ向かう。

 『虹色の柱』だけは『黒色蝶』を通過して延びていた。


「ようやくですな」

「ええ♪ 本当にこの瞬間を待ちわびたわ♪」


 『太陽の里』が夜になっても『宮殿』は機能を損なわない様に多くの職員が残っていた。

 しかし、その大半は『黒色蝶』の展開から逃げ遅れたのか、時が止まったかのように『黒化』して停止している。


「モーファー様の能力に代わりは居りませぬな。これ程とは」

「流石は【精霊王】の血筋ね。モーファーと出会えた事は本当に運が良かったわ♪」


 かつてメアリーは奴隷商人たちが頭を悩ませている『風の魔人(シルフ)』の噂を聞き、制圧された根城に足を運ぶと、グリードに護られるモーファーと出会った。

 彼女は『オベリスク』を挟んで西の国『エクストラ』の王族だった。なぜ『ナイトパレス』に居るのかを問い質した所、引き籠もり過ぎて家から追い出されたらしい。

 メアリーは彼女に実験の為に協力してくれるなら、衣食住を常に保証すると提案。モーファーは喜んで承諾した。


「モーファー様の血は本当に革新的でしたな」

「ええ♪ この戦争が終わったら『エクストラ』へ外交の手を広げないとね♪」


 モーファーに流れる“【精霊王】の血”は、あらゆる現象を根本から覆すモノだった。

 超再生能力に加えて、本来適さないモノを適合させ、あらゆる能力を飛躍的に上昇させる。

 元々ある能力は数段強化され、己の知らぬ能力に目覚める存在ライムやコーリスも居た。(その変異に適応できずに死ぬ者も数多に居たが)


「ようやく……“あの方”に触れられる♪」


 メアリーは自身に移植したアシュカの右腕を見る。

 ずっと焦がれていた。今までは遠くからしか見ることが出来なかった“あの方”をようやく抱きしめられる。


 コツ、コツ、と静かな『宮殿』内部を何の弊害もなく進む。すると、


「あら♪」


 『虹色の柱』の近くでは『黒色蝶』による黒化から職員達を護るようにソニラが“陽気”の膜を形成し、身動きが取れずにいた。


「っ……! メアリー・ナイト」

「こんばんは『太陽の巫女』ソニラ様。良き夜ですね♪」


 メアリーはスカートの端を摘みあげ、丁寧な所作にて挨拶をし、ルークは胸に手を当ててお辞儀をする。


「どうやらお取り込み中の様ですね♪ 邪魔は致しません。それに近づくと痛い目を見そうなので♪」

「……」


 ソニラはメアリー達が『黒色蝶』の影響を受けていない様子から、無差別ではなくきちんと対象を分けている攻撃であると悟る。


「巫女様! 私たちに構わず!」

「メアリー・ナイトを討ってください!」

「『太陽』を取り戻さねば……皆が!」

「ふふ。ソニラ様、皆さんは戦って欲しいみたいですよ?」

「…………夜はいずれ明けます。ですが、この場の『民』の命はどうなるか解らない」

「……ソニラ様……」


 庇われている者達は申し訳なさに何も言えず黙るしかなかった。


「ふふ。けれどソニラ様、貴女達は運が良い。私と“あの方”の再会を見届ける事が出来るのだから!」


 そう言いつつ、メアリーは『虹色の柱』へと近づく。


「何をするつもり!?」


 『虹色の柱』は戦士達の記憶。ソレにアクセスする事が出来るのは『太陽の巫女』と『ナイトメア』の所有者――ブラッドだけだ。


「私はこの瞬間を待ちわびたの」


 メアリーは右腕で『虹色の柱』へ触れる。


「! 何を――」

「元は一つの“杖”だった。私なら干渉する事が出来るハズ」


 『ナイトメア』の加護と先代【極光剣】の右腕。『太陽』と『夜』。その両方の“恩恵”を持った時、メアリーはソレが可能であると感じ取っていた。

 『虹色の柱』は、震える様に揺らぐと一層の光を放ち始める。それは、ソニラでも見たことがない程に強力で思わず眼を覆う。


「ふふふ。ずっと! 貴方を見ていたわ! さぁ! 貴方を抱きしめさせて!!」






「スカイ! まだ間に合う! 巫女様を救うゾ!」


 『虹色の柱』はまだ途絶えていない。ソニラが戦っている事を察し、スカイとディーヤは少しずつ閉じる黒繭の内側へ急降下する。しかし、


「――!」

「ぐォ!?」

「……」


 唐突に進路先を阻む様に現れたグリードにディーヤが蹴り落とされた。

 黒繭に触れれば『黒化』し停止する――


「コァ!」


 スカイは咄嗟に進行方向を変えると庇う様に黒繭との間に入り、義翼でディーヤを弾く。


「! スカイ!」


 ディーヤはまだ開いている黒繭の隙間から中へ落ち、スカイは『黒化』するとそのまま、ライン大河へと落下する。


「っ!」

「……」


 しかし、スカイを気にかける余裕はない。グリードがディーヤを黒繭の外へ叩き出す様に追撃――


「『極光の外套(ファラング)』!!!」

「!」


 広範囲の『陽気』拡散。『極光の外套(ファラング)』を放った瞬間、グリードは即座にモーファーを庇う様に彼女の周りに風の層となった。


「! ぐー君!?」


 『黒色蝶』の展開に集中していたモーファーは唐突に自分を全力で庇う様にグリードによってディーヤの存在に気がついた。


「お前らカ!」


 『恩寵』により増幅された『極光の外套(ファラング)』は全てを飲み込む圧倒的な熱波となりグリードは身体を消滅させ――


「ダメ!」


 モーファーは『黒色蝶』の展開を止めると、小さな“風玉”にまで散らされたグリードを庇う様に抱きしめる。火傷しつつも自身と彼を護るように黒繭で覆った。


 黒繭は熱波によって吹き飛ばされ、ライン大河へ落ち、沈んで行く。

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