第305話 あー、ホントに最悪よ
プリヤは大通りに道を作るように並んでいる建物の屋根に上がると声を上げた。
「待ちなさい!」
腕を組み、足を一歩前に出してコーリスとソーディアスを見下ろす。無論、『戦面』を着けてである。
「なんだ? 正義の味方気取りか? 女」
プリヤは対等な口調でコーリスと会話を始める。
現状、コーリスの能力は全く不明だ。威力や射程距離も解らない。一瞬で殺されるかも知れないし対策は何も無く無防備に近い。しかし、ハッタリは得意なのだ。
「アンタね……子供とか人質にとってさ。『戦士』として情けなくないの?」
強気な口調で話すことで、コーリスの能力を気にしていない風を装う。戦闘力に自信がある様子を維持すれば、ヤツも迂闊に仕掛けては来ないハズだ。
「そんモン欠片もねぇよ。俺の目的はあのガキを殺す事だ。メアリー様より与えられた“能力”を使ってな」
『太陽の民』を不自然に浮かせている能力。
見たところ……ヤツには疲労感は出ておらず、会話する事によって能力が緩む事も無い。一体、どういう能力よ……それに――
「ガキって……子供の事でしょ。アンタ勘違いしてるわよ。『太陽の民』の子供は里から出ないわ」
「確か、クシは“ディディ”って言ってたなぁ」
コーリスの言葉に声は出さずとも場の全員が反応する。
「一人で『ナイトパレス』の首都に乗り込んでくるガキだ。こっちでもさぞ問題児なんだろ?」
コイツ……あのメアリーの施設に居たヤツか。ちびっ子、何やったのよ……
「その“ディディ”ってのはアンタに何をしたのよ」
「何をした、だと?」
コーリスはプリヤの質問に当時を思い出す様に鉄仮面の上からガリガリと頭を掻き始める。
「あのガキ……俺の顔面を殴りやがったんだ! おかげで骨が砕けてぐちゃぐちゃになっちまってよ! 寝ても覚めても痛みが続きやがるんだ! その度にあのガキの顔を思い出す!! アァァアアアア!! 痛ぇ……痛ぇぇぇぇえええ!!!!」
そう叫びながら、ガリガリガリガリ、と爪が剥がれる程に激しく鉄仮面を掻くコーリスはピタリと止まる。
「それでよ、そのディディってのを捜してんだ。知らねぇか?」
平時の時のような口調で、剥がれた爪も気にした様子なく会話を続けて来る。
何コイツ……情緒どうなってんのよ。
プリヤは偵察として多くの異端を目の当たりにしてきたが、特に恐ろしいと感じたのが腹に化物が居る相手だ。
魔物は倒せる。危険なヤツは避ければ良い。
だが、会話が通じると思って話しかけたヤツが実は皮一枚ヒトに見えるだけの化物だった場合、その間合いから離脱することは危険極まりない。
なにがソイツの逆鱗に触れるのか解らないからだ。
けど……今回は少し情報が拾えたわね。
「ディディはここには居ないわ。前線の戦場に行ってる。すれ違ったわね」
コイツはディーヤに固執してる。ソレを上手く誘導すれば里から追い出せるかも。
「前線か……あのガキが駆り出されるくらい、『太陽の戦士』は相当に戦力不足みたいだなぁ」
コーリスが屈辱を煽るように嘲笑う様が解る。
「お前らのトコ、『戦士長』も居ないんだの? バカなヤツだよなぁ? 陛下に勝てるヤツなんざこの世界には存在しないってのによ」
「…………」
「それに、クシもだ。アイツ、自分がボロボロになっても他の実験体とペラペラ喋っててよ。大丈夫、きっと出られる、って根拠もない綺麗事ばかり並べて結局はザコみたいに死んで行ったんだぜ?」
「…………」
「なぁ、ザコみたいに死んだ『太陽の戦士』は、やっぱりザコのレッテルを貼られるのか?」
「クシはザコじゃねぇ!!」
プリヤの沸き上がる怒りが表に出る前にリシュが叫ぶ。
「アイツは……確かにディーヤの後ろにばっかり隠れてたヤツだけどな……」
“リシュ君達は隠れてて。僕が引き付けるから”
前にクロエとメアリーが襲撃した時、クシは囮になった。その結果、他の者は救われたが捕まってしまったのである。
「震えても強いヤツに向かって行ったんだ! お前みたいなヤツが……クシをザコとか言うんじゃねぇよ!」
ディーヤが戻ってからリシュは過剰なまでに『極光術』を習いたがっていた。
しかし、戦争に向けて既存の戦士を優先する必要性と、まだ身体が幼いリシュでは逆に怪我をする可能性からそちらの指導は止められていたのだ。
「なんだ、お前。クシと知り合いか? じゃあ、ディディって誰か知ってる? この中にいる?」
「ディーヤはお前みたいな“ザコ”なんて相手にしねぇよ!」
「ふーん。じゃ、お前を俺が殺したらお前はザコな」
ミシミシ……とリシュを拘束する力が強くなる。
「うぐぅぅぅ……」
「死ね! クソガキが!」
その時、ひゅっ、とコーリスへ投石が飛来。当たる前にピタっと止まる。
「なんだ、女ぁ。お前もザコ認定されたいのか?」
「ザコはアンタでしょ」
その瞬間、投石された『太陽石』は弾けて礫と閃光を放つ。
「くぁ!?」
予期せぬ目眩ましにコーリスは怯むと同時に、浮かされていた『太陽の民』達は解放される様に地面へと落ちた。
「全員走って! コイツらから距離を取るの!」
捕まっていた『太陽の民』達は噎せ、よろけながらも場から離れる。
「クソアマぁ……!!」
コーリスは苦悶の声を出しつつ怨めしそうに呟く。
まだヤツの視界は回復してない。
プリヤは屋根から降りると咳き込むリシュを抱え起こす。
「ごほっ……ごほっ……姉ちゃん」
「お前は後でビンタ五発よ」
「うっ……」
本気の本気で怒ってる姉の意にリシュは心底怯えを見せる。
「っ!」
背後からのソーディアスの攻撃を察知。リシュを突き飛ばす様に自分から離すと振り下ろされる剣筋を回避する。
「姉ちゃん!」
「逃げなさい!」
「でも……」
「でもじゃない! 走れ!!」
リシュはプリヤに背を向けて走りこの場から離脱する。
「なるほど。あの児童はお前の弟か」
「だったらなに?」
プリヤは『光刃』で襲いかかる剣筋を受ける。しかし、大きく力負けし弾かれた。
「お前の身体を使ってあの児童を殺せば、さぞ敵の戦意は削がれるだろうな」
「クソみたいな理由ね。ヘドが出るわ」
「クソはお前だよ女ぁぁ!! 殺してやるぅぅ!!」
視界の戻ったコーリスは感情のままにそう叫ぶと、ソーディアス共にプリヤを挟む形を取る。
「あー、ホントに最悪よ」
そう口にするプリヤであるが、シヴァやクシの事を侮辱され、らしくなく内側から燃えてる自分を感じていた。




