第300話記念外伝 トワイライト1 入国
外伝は全9話の予定で三日に一話更新となります。
約束だぞ、スメラギ。
スメラギ殿、ここで誓ってくだされ!
「…………世界の終わるその日まで……」
我が罪……消えること無く――
「凄い事になってるわね……」
「風の音が凄いわ。サリア、外はどうなってるの?」
「外は……猛吹雪よ。そんでもって『魔道車輪車』は完全に停止してるわ」
窓から外の様子を伺うサリアと『音魔法』による外の把握が不可能な程の暴風音に支配される現状にクロエはかなり困っている。無論、オレもそうだ。
ちなみに、その会話が行われているのは『魔道車輪車』の牽引する第二車輌。真ん中に『燃焼石』を使った炉を置いて、発する熱が程よい室温を維持している。
現在、オレ達『星の探索者』は絶賛遭難中だった。海を越え、『アイスアイランド』に上陸。そのまま【創生の土】へ向かって進む道中、吹雪地帯にものの見事にぶつかり、魔力レールの機能が停止。動くことが出来ずに停滞していた。
今は暖を取りつつ、吹雪が晴れるのを待ってる状況だ。幸いにも車輌内の温度は保たれているので凍死の心配は無い。
ちなみにオレはこの猛吹雪の中、外に出て『魔道車輪車』の様子を確認していた。停止した原因を調査せにゃいかん。
「クソッタレ! やっぱレールの発生機関だけじゃねぇな! 車輪もがっちり凍ってやがる!」
「わぁ! 車輌も半分雪に埋もれてる! 凄い風ですー!」
「新しい発見よー! 凍結事案による改良点を模索しないとねー!」
この猛吹雪は魔力が高速で移動する為に、巻き込まれている間は魔法は一切使えない魔力災害だ。会話するには大声を張り上げる必要があった。その時、突風が吹き抜ける。
「わぁ!?」
「ゼウス先生! うわぁ!?」
「ちょっ!」
小柄で軽いマスターが浮いて飛ばされそうになり『魔道車輪車』の命綱がブチッ。クロウが咄嗟にソレを握るも、そのクロウも一緒に飛ばされそうになり、その命綱をオレが掴む。
「だから! 外を調べるのはオレだけで良いって言ったでしょ!」
二人の重量+吹雪の勢いと綱引き状態に。
「ロー頑張って!」
「ローハンさーん!」
「ぐぬぬぬ……」
何とか引き寄せた。
「マスター、クロウ、ローハン。はい、解法薬入りのお茶」
外に出たオレらが『低温状態(軽)』になっている事を察してサリアが色々と用意してくれていた。
「ありがと、サリア」
「ありがとうございます、サリアさん」
「サンキュー……」
「どんな感じなの? マスター。動けそう?」
車輌に戻り、丸テーブルのジパング名物“コタツ”に足を突っ込んだオレらは、ぬくぬくながら円卓会議宜しく、自分達の状況を全員に共有する。
「完全に身動きが取れないわね。『アイスアイランド』に停滞する吹雪地帯に捕まってるわ」
「状況的にはどれほど深刻なのですか?」
「まぁ、正直言ってそれ程“悪く”はない。状況に耐えられるだけの食料と暖も揃ってるしな。『コーラル』で色々補充しててよかったぜ」
マスターがお茶を、ずず……と飲んでるのでクロエの質問にはオレが代わりに応じた。
「過ぎ去るまで待つのが良いってことね」
サリアが納得する様に会話をまとめる。コタツの真ん中に置かれたミカンをマスターが手を伸ばして取る。
「みんな、状況を別の角度で考えましょう。きっと世界が少し足を止めて心の中を整理する時間をくれたって。最近は何かと目まぐるしかったから」
オレたちのクラン『星の探索者』は常に移動している。
街や村で少し休憩する事もあるが、基本的には必要な荷物を揃えたら即出発。知らないモノを求めて退屈しない冒険の毎日は常に新鮮味を感じていた。
マスターが冒険気質である事がメンバーに少なからず影響しているだろう。
移動中も『魔道車輪車』の操縦をクロエ以外の全員で持ち回り出来る様にレクチャーしたり、現在地と地図の相違を正したり、交代で周囲を警戒したりとやることは多い。
中でも地図の作成は『星の探索者』の収入源の一つでもある。皆で取り組み『アルテミス』へ寄った時に代替的に売り出すのだ。作成誤差一年の世界地図はかなりの需要がある。
「地図の方も吹雪が止まないことには進められませんからね。完全な休暇か」
オレもミカンを取る。クロウはクロエに剥いあげて、姉ちゃん、はい、と手渡していた。
「ガリアの爺さんに連絡はしてるんですか?」
「いいえ。彼はいつも退屈してるから、サプライズで訪れる方が喜んでくれると思ってね」
キラン☆とマスターは告げる。
こっちの状況を知ればテンペストさんが迎えに来てくれる可能性もあった。あの人ならこの吹雪を完全に沈黙させられるだろうけど……まぁ、そこまで急ぎ足になる必要もないか。
「それに、この状況なら“入国”できるかもしれないわね」
「入国?」
「近くに国があるんですか!?」
マスターの言葉にクロエとクロウが反応する。ここいらで国って言うと……
「『氷結族』の『白銀市場』ですか? あそこは国ってよりも流通拠点みたいなモンですけど」
『アイスアイランド』にて生活する先住民族の『氷結族』は、この猛吹雪でも特定の装備を着けて平然と荷物を運ぶ。
他の地域と違って『アイスアイランド』ではあらゆる物が貴重。海と極寒地帯を越えて荷を運ぶ事さえ出来れば、原価の五倍近くで取引できるのだ。
『白銀市場』は吹雪地帯を避けるように『アイスアイランド』移動しており、海辺に近い時期が一番賑わう。
「『白銀市場』じゃないわ。みんなは『トワイライト』を知っているかしら?」
「『トワイライト』?」
「それはなんです?」
「確か……お伽噺……よね?」
クロウとクロエは頭に?が浮かぶ。『トワイライト』は結構マイナーな話だからなぁ。サリアは『エルフ』に居ただけあってそれなりに知識はあるご様子。
「子供が親に買ってもらう絵本の一つだよ。人が安らぐ為に必要なあらゆるモノが揃ってると言われる子供が考えた様な夢物語の国だ」
無論、そんなモノは現実には存在しない。すると、マスターはミカンをもぐもぐしながら微笑む。
「ええ。それはとても美しい夢の国。でも、どんな物事にも起点となる事象が存在するの」
「つまり?」
「『トワイライト』は実在するわ。入国する条件さえ満たせば誰でも入る事が出来るの」
「ゼウス先生! 本当ですか!?」
クロウがフィッシュされた。まだ見ぬ光景が間近にあると知り、眼をキラキラさせて純粋な眼差しを作る。
「その条件とは?」
クロエが問う。オレも絵本の話が現実にあるのなら、どれ程の改編がされているのか興味津々だぜ。
「どうしようもない程の災害に見舞われた“薄明時”に『トワイライト』は彼らの目の前に現れる。そこはまるで、故郷の様に安からで、どの様な荒々しい戦士でも武器を置き、足りないモノを補ってくれる国。by.探検家ホープ・カイドの書記より」
「……他人の記録っスか、それ」
「ロー、私も世界の全てを知っているワケではないの。世界は常に新しい事が起こり、それらが絡み合って無限に成長していく。私が旅をする理由はソレを見てみたいから」
「僕もです!」
「『トワイライト』は私も知らない国。ワクワクするわね、クロウ」
「はい!」
「入れたらの話でしょう? 現状を見る限り、そんな様子は欠片もありませんが」
オレはガタガタと揺れる『魔道車輪車』の音の方が気になる。念のため、車輌から地面にアンカーを打ち込んで飛ばされない様に保護しているが……
「よし。今回の『星の探索者』の活動はズバリ、『トワイライト』の調査よ。どんな国なのかを明確に記録して皆の“知識”にしましょう」
「はい!」
「わかりました」
「了解です」
「夜明けと日没の瞬間を見逃す可能性の方が高そうですけどね」
見張りは必要なさそうだが、ゴォオオオオ!! ガタガタ……と、視界さえもまともに見えない吹雪の音の中でどうやって安眠するかを考えなきゃな。
「やぁ」
「ソナタは達は……?」
「僕は【呼び水】。君の“罪”を聞き届ける者だ。そして、後ろの彼はルシアン。【審判官】さ」
「……某の……罪……」
「“罪”は本人がそうであると自覚した時に生まれる。【黄昏忍者】よ、君は“罪”を抱えてるね? けど、本来ならソレは僕が受けるべきモノだ。ルシアン、彼の罪状を」
「【黄昏忍者】スメラギ。貴殿の抱える“罪”は――『己が魂に対する“否定”』」
「……そうだ……コレは……某の……罪……」
「違う。これは本来なら起こるべきではなかった“罪”だ。清算は僕に任せれば良い」
「……ならば……全て……帰ってくるのか? 陛下は……国は……故郷は……彼女は……」
「帰って来ない。僕が君の為にしてあげられる事は“罪”を受け取る事だけ。けどね、君が終わらせる事は出来る。それだけの力はあるのだろう?」
「……某には……この身を委ねる理由も……立ち上がる意味も……何も……無い……」
「君の時は永い。じっくり考えてそれでも見つからない時は【原始の木】を待つと良い。彼女ならきっと君の納得できる“答え”を持っているハズだ」
「…………」
「次に僕と出会った時に、その“答え”を僕に教えてくれたまえよ。永遠に生きる君なら、いつか僕にまた会えるだろうからね」
心を締め付ける呪いが……解けた様に感じた。しかし、次に襲いかかったのは“虚無感”だった。
「願わくば、君がその鎖を自ら断ち切りますように」
【呼び水】と【審判官】が消える。
陛下と……彼女と……約束していた……なのに――
「解りませぬ……陛下……」
罪は消えようとも……ここから立ち上がる意味を何も見出だせなかった。
困りますねぇ【黄昏忍者】。我々を無意識に閉じ込めるとは……中々ですよ。
しかし……もう遅い。世界は正しき理へ還るのです!
その全てが一つの意識へと集約する『万能世界』へと!!
「――――」
ゼウスはふと眼を覚ました。
第二車輌にて、室温を維持しつつ皆で川の字になって眠っており、時間帯はまだ夜明け前のようだ。
「……今のは」
誰かの意識とリンクした。それは、この世界には存在してはならない思考。かつての世界を知っている者の考えだ。
「……まさか『トワイライト』は――」
その時、吹雪の音が不自然に止んだ。それどころか窓からは優しげな日差しが差し込んでくる。
「――皆、起きて!」
ゼウスは立ち上がり、眠っている皆に声をかける。四人は眠たげな目蓋を持ち上げて微睡みにある思考の中、身体を起こした。
「姉ちゃん……おはよ……」
「おはよう、クロウ」
「おはよ、マスター……ん? 吹雪止んでる?」
「……そうみたいね」
ローハンとサリアは外からの差し込む日差しに温かみを感じる。すると、一番脳の起動が早かったクロウは立ち上がると窓を覗くように寄った。
「わぁ! 姉ちゃん! 吹雪止んだよ!」
「止んだって言うか……違うトコに居ねぇか?」
「雪は全く見えないわね」
「どこだろここ? 姉ちゃん?」
「…………クロウ、外に出てはダメよ」
盲目のクロエだけは視覚情報以外の感覚で周囲を捉える故に、外の異質さに気がついていた。そして、ゼウスに質問する。
「マスター、ここは『トワイライト』ですか?」
「! マジ?」
「本当に?」
窓から見えるのは広がる野原。
程よい日差しの陽気にひらひらと蝶が平和そうに飛んでいる。自分達がいるのは小高い丘を少し下った所だった。
「ええ。どうやら……偶然にも入国したようね」
「昨日の今日に話して、ですか」
ふと、ローハンは上空を羽の生えたヒトが飛行する様を見た。
「何だありゃ。天使か?」
クロエの警戒も気にしつつ、武器やら装備やらを整えてからオレ達は『魔道車輪車』から出た。
改めて広い視界で場を確認すると、争いなど欠片もない雰囲気が場を包んでいる。
「ローハン、凍結部が溶け初めてるわ」
「さっきまで『アイスアイランド』に居たのはマジらしいな」
『魔道車輪車』は先程まで『アイスアイランド』に居た事を証明する様に、周囲の陽気に当てられて凍結部が溶け初めていた。車体に張り付いた雪も溶け始め、少し水浸しになっている。
機関の凍結部には『炎魔法』を少し当てて、更に溶かす。
「クロウ、“レール”はどうだ?」
『ちょっと待ってください……システムは起動してますから……動かしてみます!』
『音魔法』で会話をしつつ、オレとサリアは少し『魔道車輪車』から離れると、魔力レールが前方に出現。機関も正常に動いている証として、煙突から煙も出る。
『問題ありません! いつでも行けますよ!』
移動手段は問題なし。
クロエは『魔道車輪車』の上部に座って周囲の索敵し続けていた。サリアもライフルを手に持ち、周囲を警戒してもらう。オレは――
「マスター」
一人、『魔道車輪車』を離れて丘上に立つマスターへ声をかけつつ歩み寄る。
「『魔道車輪車』はいつでも行けますよ」
「わかったわ。皆、こっちに来てくれる?」
マスターに呼ばれ、サリアは銃口を下げたライフルを手に持ち周囲に視線を配らせながら、クロウは意気揚々と『魔道車輪車』から降り、その傍らにクロエが付き添う様に続く。
そしてマスターの隣に並び、見ている光景を皆で共有すると――
「わぁ! 何あれ!?」
「明らかにヤバい雰囲気ね」
クロウとサリアが別々の反応を見せる。
オレ達の視界の遥か先に見えるのは城。その上には巨大な魔法陣が展開されて光っており、そこから雪の様な“光の粒”が降り注いでいる。そして……その周りを飛ぶ“羽の生えたヒト”が目立った。
「ローハン、何が見えてるの?」
「平原に城だ。その上に魔法陣が発生して、雪みたいな光を降らせてる。そんでもって城の周りを“羽の生えたヒト”が飛んでる」
クロエには意味が伝わり辛い説明になったが、それ以上に形容の仕方が思い付かん。
城の付近には城下町は見えるが城壁は無い。戦いをまるで想定していない様子の城はそれだけで違和感ありまくりだ。
「マスター、あの飛んでるの何だと思います?」
オレは魔法陣よりも、そっちの方が気になった。
「城を護る警護と言った所かしら。彼らの事は『天使』と仮称しましょう」
「ゼウス先生! 行ってみましょうよ!」
クロウのワクワクが止まらないらしい。オレとしても、情報が欲しい事もあってその考えには賛成だ。その時、
『ようこそ、迷い人の方々』
空から聞こえる声と共に、目の前の空間が開くような転移にて一人の魔術師が現れた。
オレ達は即座に警戒。各々武器に手を掛け、いつでも使える様に意識する。
マスターが一歩前に出て代表で対応した。
「貴方は?」
「これは失礼。私の名前はガブリエル。この『トワイライト』にて宮廷魔術師をさせてもらっている者です」
「よろしく、ガブリエル殿。私はゼウス・オリン。クラン『星の探索者』のクランマスターです。彼らはメンバー」
コロン、と笑うマスターはガブリエルにオレらが見えるように半身になって手をかざす。オレらは各々で軽く会釈。
「クロエです。よろしく」
「クロウです! よろしくです!」
「……サリアです。よろしく」
「どーも、ローハンです」
「よろしくお願い致します、クロエ様、クロウ様、サリア様、ローハン様」
ガブリエルは胸に手を当てて丁寧にお辞儀をする。すると、ガブリエルの後ろに鎧を着けて長物の武器を持った『天使』達が舞い降りてきた。クロウが、カッコいい! と反応する。
「ここは『トワイライト』なのね?」
「おお。知っておられるのですか?」
相手の武力も揃ったところで、再度状況確認を進める。
「意図しての入国は困難である事と、旅の方々は混乱している事が多いのです。しかし、貴女方にはその説明は不要そうですね」
ガブリエルは、ニコ、と友好的な笑みを作る。勘だが……なーんとなく胡散臭いな。
「ガブリエル殿。私は他の旅人達と同じで迷い込んでしまったの。冷静でいられるのは、あの子のおかげ」
「あの子?」
「『魔道車輪車』。後ろに見えるでしょ? 私達の家」
ガブリエルは身体を動かして『魔道車輪車』を視界に写す。すると少し驚き、僅かに妙な気配を出したが、すぐに元に戻る。
「列車ですか。しかし、レールから外れてしまっているようですね」
「レールは必要ないの。あの子はどこまでも行けるから」
「ほぅ……」
ガブリエルが感心する様にそんな声を出す。
「ゼウス様。よろしければ、我が王へ謁見してもらえないでしょうか?」
唐突な提案は段階がかなり飛んでいる。
いきなり王様に謁見か。悪くない流れではあるが……あの謎の魔法陣と“光の粒”が降る王城に行くには少し躊躇いがあるな。
「良いのかしら? 私は部外者よ? 王様の寝首をかいちゃうかも」
「問題ありません。この『トワイライト』では、その様な気を起こす事も無くなる程に争いとは無縁の国。お連れの方々も、そう気を張らないでください」
「そう言う割には後ろの方々は武器を持ってるわね」
サリアが指摘。ずっと気になり警戒している様だ。ガブリエルの背後にいる『天使』は一言も喋らず、全身鎧兜なので表情も見えん。
「かつて『トワイライト』へ侵攻しようとした勢力がありまして、その事からも最低限の防備としてです」
この幻の国を狙って攻めたトコがあるのか? 少し信じられない話だが……あり得ないと思える故に逆に信憑性が感じられる。国であるなら治安維持としても最低限の兵力は必要か。
「わかったわ。じゃあ、お邪魔しましょう。私だけ案内して頂戴」
「! マスター!?」
「ゼウス先生! 僕も――」
マスターが一人で行くと言った瞬間にサリアとクロウが反応した。オレとクロエは無言で遮る。
「大丈夫よ。『トワイライト』を自由に回る為に統治者には一度話をしないと行けないからね」
「そう言う事だ。二人とも……待つぞ」
パチ、とウィンクするマスターとオレの言葉にサリアとクロウは意図を察したらしい。
「お連れの方々が同行されても構いませんよ?」
「こっちの取り決めみたいなものなの。気を使ってくれる気持ちは受け取っておくわ」
「……わかりました」
ガブリエルは指輪をつけた指を滑らせると現れた時の様に空間が開く。その向こうには王の間が見えた。『トワイライト』限定の転移魔法ってトコか。
「皆は待機しててね。すぐに戻るから」
そう言ってマスターは、ガブリエルと共に空間をくぐると、接続が消えた。
「…………」
「…………」
「さーてと。皆、『魔道車輪車』でマスターを待つぞー」
『天使』は場を去る様子がない。オレはそれとなく三人を誘導するように『魔道車輪車』へ引き返す。
「ローハン……」
「ローハンさん」
「中で話す。取りあえず『天使』から離れるぞ」
サリアとクロウへの説明をせねば。クロエは『天使』に対してずっとアンテナを向けてるな。
「…………生物かしら?」
どうやら『天使』からは不穏なモノを感じ取ったらしい。
私はガブリエル殿の転移魔法で王城の王の間に直接やって来たわ。
護衛の『天使』が列を成して並んで立っているけれど……多くの国へ足を運んだ身としては、相手の素性も調べない内に、国の懐に部外者を招き居れるのは無用心と言わざる得ないわね。
横の大きな窓を見ると、外には遠巻きに見た“光の雪”が降っている。場所は間違いなく王城みたい。
「陛下。旅の御方をお連れしました」
ガブリエル殿が段の高い王座に座る『仮面の王』に対して片膝を着き、頭を垂れる。
「初めまして、閣下。私はゼウス・オリンと申します。世間では【千年公】として通っております故、よろしければその様にお呼びください」
「…………余は『トワイライト』の王……ノヴリス……である。旅の者よ……そなた達は……どうやって……我が国へ……入られた?」
発言が途切れ途切れ……ちょっと声を出し辛そうね。仮面も着けてるし病気か何かかしら?
「私達は吹雪で立ち往生していました。恐らくはそのせいでここにやって来たのだと思います」
「……どう言う……事だ?」
「私は学者です。世界の神秘を解き明かし、記録する事を生業に旅をしていまして、その道中で『トワイライト』へ入ってしまった様なのです」
「……何か……知っているのか?」
「仮説でよろしければ説明致しましょうか?」
「……構わぬ」
「それでは」
私はスチャ、と眼鏡をかけて指摘棒を手に、後ろに出現させた白板に『トワイライトへの入国条件』と言う話題を表示させたわ。
「……いつの間に……そんな物を……」
「学者としての嗜みです」(眼鏡をキランッ)
「……そうか」
私は、おほん、と一度咳払いして説明を始める。
「『トワイライト』は恐らく、空間そのものが私達の世界とは隔てた位置に存在する国であると思われます」
「……ほう」
「何らかの世界的な作用によって切り離されてしまった時空。この空間を保護するモノはズバリ、“魔力”です」
白板に“魔力”と言う文字を表示させて、指摘棒でビシッと指す。
「高密度の魔力の膜により時空が安定され、『トワイライト』を独自の空間として維持していると思われます。故に、膨大な魔力を要する災害が私の世界で起こった場合、その“魔力の膜”と同調しこちら側の者達が『トワイライト』へ来るのです」
「…………」
私は指摘棒をパシッと手の平に乗せる。
「その為、ここへ来る者達は皆、危機的状況の寸前の者達ばかり。魔力災害に巻き込まれ、死を覚悟した時に『トワイライト』に辿り着く。以上が私の仮説です」
眼鏡を取って、質問をどうぞ、と私は告げた。
「……その理屈ならば……我々がそなた達の世界へ……行く事も……可能と言う事か?」
「はい。実際に『トワイライト』の情報を持った者がこちらの世界に記録を残していますので、何らかの方法で帰還したと思われます」
「……そうか……【千年公】よ。一つ……頼みを聞いて……もらえぬか?」
「何でしょう?」
「『トワイライト』は……そなたの世界へ……進出したい……力を貸して……くれぬか?」
「閣下、恐れながらそれは出来ません」
「……何故だ?」
「私の『世界』がソレを望んでいないからです」
私は気づいていた。この国は……もう手遅れだと。
「……傲慢な……考えだ……ソナタが……『世界』の総意……とでも?」
「少なくとも、『トワイライト』はこの時空にある事で価値のある国です。もし、何らかの手違いで、こちらの『世界』と繋がり続けてしまった場合、大きな抑止力が働くでしょう」
「……ほう……どの様な……“抑止力”だ?」
「【創世の神秘】と呼ばれる抑止力です。閣下」
世界は蛇が尾を飲み込む様な“円”ではなく“螺旋”を望んでいる。
「この国は、この場所にあるべき運命なのです。故に――」
その時、パカッて床が開いたわ。結構大きめな範囲の落とし穴。王の間にこんなモノを用意するなんて……最初から落とす気だったのね!
「ならば……我々の“同志”とした後に……その“知識”を……頂くとしよう……」
白板と一緒に落下していく際に、ノヴリス王からそんな言葉が聞こえた。まったく! 親切に解説してあげたのに! 怒るわよー!
けど、私にとっては想定内。国の内情は表からアプローチしても中々に解らないモノだから、こうしてくれた方が探りやすいわ。
ロー達も大丈夫。あの子達は適切に状況を判断出来るから。それよりも――
「この魔力は……『ドラゴン』?」
それは、こちらの世界では既に失われていた種族。城の地下より感じられるその魔力の出所が気になった。
次話『天使』




