第279話 最後の砦
『土坂』の地形は大きく扇状に堀込んだモノとなっている。
傾斜は緩やかだが、中心に行けば行くほどに深くなり、ソレを越えると浅くなる。
基本的に『太陽の戦士』側は“待ち”であり、衝突は中心付近。しかし、下り坂を利用すれば敵に勢いを与える事は必定だった。
だから、騎馬を警戒した。
ゼフィラを含む、若い戦士達は『登坂』まで退却を終えた。
老練の戦士達の光が夜に呑み込まれる様を見届けた彼らの戦意は衰えること無く、その意思を継ぐかの様に鋭く洗練されたモノとなった。
敵が押し寄せる。だが『統括愚連戦隊』は先ほど妨害した円柱の杭の撤去を優先し、僅かに遅れていた。
これで最後だ。
『登坂』が変化する。傾斜のある地形から階段の様な段となり、一段の高さは五メートル程の計二段。簡単に乗り越えられるモノではない。
追撃に追ってきた『夜軍』は壁を前に見上げつつ停止。梯子を持ってくる様に後方に指示を出す。
「『戦士』達! 我らが先人達の光に恥となる戦いをするな! 勝つぞ!!」
オオオオオ!!!
ゼフィラの激に『太陽の戦士』達の雄叫びが響く。段を前に立ち往生していた『夜軍』は思わず怯んだ。
「そんなモンにビビってる奴は脇にどけ!」
その『太陽の戦士』に僅かにも怯まない『統括愚連戦隊』45騎がミッドを先頭に段へ迫る。
「『統括愚連戦隊』! 乗り上げ突撃!」
走破する馬の鞍上にミッドはしゃがむように足を乗り上げると、段台を前に急停止させた。その停止する反動が作用する瞬間に合わせて鞍上から跳躍。射出される様に段台の一段目へと飛び上がる。
「俺たちにこの程度は障害物にすらならん!」
『統括愚連戦隊』は妨害に入ろうとする『太陽の戦士』に対して、馬上にて使用する長物を投げる様に牽制すると、悠々と段台の一段目に着地する。
「敵は馬から降りたぞ! 我々の土俵だ!」
『統括愚連戦隊』は騎兵から兵士となった。ゼフィラの激と共に迎え撃つ為の交戦が始まる。
「だとよ、野郎ども! 狭い所はこっちもお手の物ってトコを見せてやれ!」
ミッドの言葉に『統括愚連戦隊』も自らの得物を嬉々として舌なめずりすると向かって行く。
「『ロイヤルガード』ミッド・ナイト!」
「お前を討ち取ればこの戦争は俺たちの勝ちだぜ! 【極光壁】!」
その乱戦の中でゼフィラとミッドがぶつかるのは必然だった。
ブラッドは馬に跨がる。
この戦いは既に決した。敵は『登坂』まで押しやられ、最後の抵抗をしている。この戦場を勝利すれば大半の『太陽の戦士』が死ぬ。その後の『太陽の里』の制圧は容易い。
「クロエ、お前はルイスの後ろに乗れ」
「わかりました」
これからの突撃に盲目のクロエが合わせるのは難しい。
クロエ様、お手をどうぞ。と、クロエは差し出された手を、ありがとう、と取りルイスの後ろに乗った。
私が出れば、兵の士気も上がろう。更にクロエとナイト領兵50があの段台に投入されれば、止める術は無い。
「角笛を吹け! 【夜王】様の出撃であるぞ!」
ルイスの号令に、ブォォォォォオオオ――と低い角笛の音色が戦場に響き渡る。
「この戦争を決する」
【夜王】ブラッド・ナイト、及び、『ロイヤルガード』【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフを含めるナイト領兵50が全てを飲み込むべく出陣を開始した。
「くっ……」
「ヒャッハー!」
カイルは『統括愚連戦隊』の兵士の鉤爪攻撃に苦戦していた。
「なんだテメェ? 上から見てた時はイケイケだったってのによぉ!」
死んだ……ライラックのおっちゃんも、スワラジャのじいちゃんも、ラージャニのおっちゃんも……
“カイル、無傷には終わらないからな。隣で仲間が死んでも割り切って戦え。それが、オレやレイモンドでもだ”
みんな、強かった。だから死ぬなんて思わなかった。
だって……昨日まで皆……
ライラック達の最後の光は『太陽の戦士』にこそ力を与えたが、カイルにとっては簡単に割り切れるモノではなかった。
「オラァ!」
「うっ!? ぐっ……」
防戦一方だったが、身体は重く、剣が上手く動かない。敵もそんなカイルの様子を察し、体当たりして体勢を崩すと転ばせた。
他の『戦士』達は目の前の敵を相手に援護に入れなかった。
「功績10ゲットだぜぇ!!」
鉤爪が倒れたカイルに迫る。
「全く、君は」
「おっぶふぅ!?」
ドガッ、と横から現れたレイモンドによって敵は段台から蹴り落とされた。あああ、あぁぁ~、と言うマヌケな断末魔が戦場に呑まれる。
「……レイモンド」
「立ちなよ、ほら」
差し出される手を取ったレイモンドはカイルを起き上がらせる。
「戦闘中だよ? 目の前の敵意外に考える事があるの?」
「……ごめん。俺……」
「カイル、僕たちは『太陽の戦士』じゃなくて『星の探索者』だよ? だから――」
「レイモンドぉ!」
「死ねやぁ!!」
カイルとレイモンドの背後に各々敵が迫る。二人は入れ違う様に動くと視界に映る敵を、斬り伏せ、蹴り飛ばした。
「げげぇ……」
「おーうわわわゎゎゎ――」
その場で斬り崩れる者と段台から落ちていく者の断末魔が周りの戦闘音にかき消される。
「今は僕の背中を護る事に集中しなよ」
「…………」
カイルは背中合わせでそう告げるレイモンドの言葉に少しだけ気持ちを取り戻す。
「わかった……そうする」
戦うと決めた以上は逃げることは出来ない。レイモンドは今のカイルを一人にすると間違い無く死ぬと確信していた。




