第252話 その権利は俺にある!
ブラッドは首都へ着くと【夜王】への謁見を求めたが、即座には行かず二週間待たされる羽目になった。
事伝を置いて行っても良いが、それでは今までと変わらない。直接話す事が目的ゆえに時間が掛かろうとも【夜王】との対面の為に根気強く待った結果――
「わざわざ来てくれたと言うのに、対応が遅れてしまい、すまないね」
「いえ、お時間を取っていただき、ありがとうございます。陛下」
8代目【夜王】スピル・ロンドは優しい声色と瞳を向けてくる優王。しかしその慧眼は鋭く、重要な事態に対しては的確に判断を下す。特に『太陽の民』の動向に関しては敏感だった。
「『太陽の民』が拐われる事態か。よく報告してくれた。サーシェ家の『コロッセオ』は我が国でも大事業の一つだが……『太陽の民』との摩擦が強くなるのであれば、中身を一度見直す必要がありそうだね」
「既に『太陽の民』側には死人が出ています。我々が知らぬだけでもっと多いかもしれません」
「わかった。この件は即日に対応しよう」
スピルは三つの封筒をブラッドへ手渡す。
「次からは何かあればこの『王印』を使いたまえ。他に邪魔されず最優先で私に届く」
『王印』とは王への直接な手渡しが義務とされる封書の証である。郵便員も何よりも優先して届けなければ罪に問われる程に緊急事態で使われる物だった。
「ありがとうございます」
ブラッドは三つの『王印』を受け取るとその日の内に帰路に着く。
「予想以上に時間が掛かったか」
馬を休ませながらの移動も含めると結果としては往復に三週間近くかかってしまった。今は馬には跨がらすに手綱を引いて共に歩く形で進む。
【夜王】への直談判と『王印』を受け取ったので今後のやり取りはスムーズに行くだろう。
兄上に報告し、ライラックにもこの事を伝えれば最悪の事態は避けられそうだ。
「ん?」
すると前から慌ただしく駆けてくる馬があった。馬の鞍にはナイト家の旗が着いており、それは屋敷の従者だった。
「! ブラッド様!」
「どうした?」
従者は馬を急停止させると、即座に降りブラッドに頭を垂れる。
「大変です! 領主様とエマ様が!」
「! 何があった?!」
『太陽の民』による襲撃。
それは実際に目の当たりした従者の口から放たれた言葉としても信じられないモノだった。
ブラッドは馬に跨がり、従者と共に急いで屋敷へ戻る。すると、
「――――エマ! 兄上!」
屋敷が燃えていた。
ブラッドは馬から降りると燃える屋敷へ駆け出す。燃え落ちた扉を自身も火傷をするのも構わずにこじ開けるとロビーには――
「…………兄上」
倒れている兄が居た。
「ブラッド……か?」
「! 兄上!!」
ブラッドは微かな兄の声に駆け寄ると肩を貸し立ち上がらせた。兄から血が滴る。明らかな致命傷であるが……手当てよりも先に屋敷から出なければならない。
ミシミシと音を立てて屋敷が燃え崩れていく。
「ブラッド……」
「何があったかは出てから聞く」
「我々で終わりに……せねばならんのだ……この連鎖を……ゴホッ……ゴホッ……」
「喋らないでくれ! 兄上!」
その時、ブラッドは突き飛ばされ、屋敷の扉から外へ出された。そして、
「――――兄さん!!」
ブラッドを助けるために突き飛ばした兄は燃え落ちる屋敷に呑み込まれた。
「――――なぜ!」
理解が追い付かない。何故こんな事になったのか。ブラッドは涙を流すと拳を地面に打ち付ける。そして、
「エマ……」
妹はどこだ? まさか……まだ屋敷に――
「ブラッド様……」
「ルーク……」
屋敷の執事であり、ブラッドとエマの世話係でもあった老人のルークが声をかけてきた。彼も怪我をし、服の一部が焦げている。
「エマは……エマはどこだ?」
「エマ様は……」
「エマはどこに居る!!」
思わず詰め寄るブラッドにルークが横に視線を向け、その先を見ると女給達が涙を流して座り込み、誰かを囲んでいた。
屋敷が燃えている事に注視するあまり気づかなかった。ブラッドは女給達に歩み寄る。
「ブラッド様……エマ様が……」
「…………」
ブラッドは身体を切り裂かれ、既に事切れているエマを見て、膝から崩れて項垂れる。
「……何があった?」
「……『太陽の民』です」
背後からルークが震える様に告げる。
「数刻前より……数名の『太陽の民』が現れ屋敷に乗り込んで来たのです……」
「……」
「家族を返せ、と。叫び、暴れ始め……ソレに巻き込まれそうになった……私たちを庇って……エマ様が……」
「……」
「領主様も対応に出られ、屋敷より全ての従者に避難する様にと……しかし……」
「『太陽の民』は……聞く耳を持たなかった……」
「…………」
ブラッドは安らかに横たわる妹と、崩れる屋敷と共に燃える兄の側でただただ無言で涙を流した。
三日後。ブラッドは屋敷が燃え落ちてからトーテムポールの近くに不眠不休でずっと座って待っていた。
執事や従者達には焼け崩れた屋敷より、兄の遺体を出すように指示を出し、二人の葬儀はまだ行っていなかった。
「ブラッド」
すると、ライラックが現れる。
ブラッドは彼の弁明を何も聞く気はなかった。言いたいことはただ一つ。
「……俺の家族を奪った奴らを引き渡せ」
それは三日も飲まず食わずで片時も休まなかった者の気迫ではなかった。
「こちらで処罰を下した」
ライラックのその言葉にブラッドは彼に掴みかかる。そして、心底怨む眼で告げた。
「そんな事で……納得すると思っているのか?」
「彼らは『戦士』としてのタブーを犯した。“戦う意思の無い者”を殺めてしまうと言うタブーを。故にこちらで――」
「その権利は俺にある! 家族を……奪われた俺にだ!!」
ライラックはブラッドの手を振り払う事はせず、彼の憎しみを正面から受け止めていた。
「我々でもこの事態は深刻な問題として考えている。今後『太陽の民』は『ナイトパレス』へ関与しない事を決定した」
「………………」
ブラッドはライラックを突き放すように乱暴に手を離した。
「……こちらで『太陽の民』がどうなろうと、それはお前達の責任だ」
「……ああ。『太陽の里』でも強く警告しておく」
フラつきながらも屋敷へ戻るブラッドの背中へライラックは――
「何かあれば……頼ってくれ」
その言葉にブラッドは足を止める。
「私個人として……君に償いたい」
「…………」
ブラッドは何も答えず再び歩み出すと、二度とライラックを振り向かなかった。
“我々で終わりに……せねばならんのだ……この連鎖を……”
兄の最後の言葉の意味をブラッドは考え続ける事になる。




