第182話 『戦士長』シヴァ
「うーん……うむむ……」
「見つけた?」
「うぬぬー、無理っ!」
高い建物の屋上でシヴァの命令でディーヤを探す二人の『太陽の民』の少女――プリヤとチトラは彼女の気配を捉えられず苦戦していた。
「プリヤの感知が頼り」
口元を隠すような襟の高い服を着るチトラは、隣で頭を捻らせるツインテールのプリヤを見る。
「いやいや、確かにアタシは優秀な方だけどさ! 夜じゃ本力発揮出来ないって」
ただでさえ首都は広く、加えてここ数日間、まともに太陽を浴びて居ない事もあり、力は本来の六割ほどだ。
「戦士長のおかげでギリギリやれるけどさ。探すならレイ君の方がよかったよ」
「カイルとローハン……だっけ? 新しい人」
「後、リースもね。レイ君の知り合いだから受け入れたけどさ。役に立つと思う?」
「戦士長の判断。従う」
「やれやれ、りょーかい。戦闘になったらマジでチトラに任せるからね」
「暴力は任せて」
その時、キラッと遠目でもわかる閃光が走った。それは、横に凪がれた閃光であり、遥か先の王城の屋根にも届く一閃――
「『御光の剣』……」
「チビッ子、あそこかぁ。救出作戦は別で考えてたんだけどねぇ」
二人は屋根づたいに『独房棟』へ移動を開始した。
『太陽の戦士』戦士長シヴァ。
彼は『太陽の民』にとって『太陽の巫女』と並ぶほどの存在であり、『ナイトパレス』にとっては今後、排除するには最も犠牲を強いる事が危惧された存在だった。
王の間に幕の様に設置された旗が“陽気”によって発火し月明かり以外の灯り――炎が闇を揺らめかせ、シヴァを照らす。
夜の中で『太陽の民』は力を十全に発揮出来ない。数時間前まで昼間だったならまだしも、『ナイトパレス』は建国時より“夜”である地域であり、首都に“陽気”など欠片もないのだ。
だと言うのに……この男は――
「何じゃ? ビビっとんのか?」
シヴァが踏み出す度に放たれる“陽気”がビリビリと空間を震わせる。ソレはまるで太陽を彷彿とさせる。
秘宝『ナイトメア』が無ければブラット自身も焼きつくされていただろう。
「恐れなどない」
『ナイトメア』がシヴァの“陽気”を押し返す様に“夜”を濃くする。周りの光が全て飲み込まれる程の闇はブラットの姿を覆い隠す。
「逆にお前はミスを犯した」
シヴァの側面からブラットは『魔剣ヴェノム』を突き出す。
戦士長シヴァ。『太陽の大地』を制圧する上で最も危険とされた男だ。ソレが――
「夜の中に来るとはな」
シヴァは夜から奇襲するブラットに反応し、『魔剣ヴェノム』をかわす。同時に拳を構えて追撃を狙うが、その姿が闇へ消えた。
「…………」
“陽気”を放つ。しかし、今度は夜を晴らす事は出来なかった。
「無駄だ。貴様に纏わり続ける“夜”は『ナイトメア』が直接生み出す『深淵夜』。かつての【極光剣】でさえ、この夜の中では成す術も無かった」
いくら、桁外れの“陽気”を持つとは言え、所詮は『太陽の民』。
この『深淵夜』に呑み込まれた存在は五感を含める全てを停止させる。かの『三陽士』【極光剣】の『恩寵』でさえ呑み込むのだ。
太陽の下でない限り、覆す事は不可能。
「随分と悠長やのぅ」
シヴァがブラットへ聞こえる様に口を開く。
「ワシがこんなに深くまで入り込めた事を、少しは考えへんのか?」
「…………」
「それとも、気づかないフリをしとるんか? 自分達の中に裏切り者が居ることを」
シヴァが王の間に現れた事による新たな懸念。
ここまで、騒がれずにヤツ程の大物を導ける存在は限られている。シヴァは続ける。
「国は一枚岩にはならん。必ず反発するヤツは出るし、それに伴って戦力が集まる」
ソレはブラットも考えていた。しかし、
「いずれはソレも意味が無くなる。私にはその全てが小事でしかない」
「言うのぉ。じゃが……ワシは若い頃、旅をして世界のあらゆる国を見てきたが――」
シヴァの言葉の意味を裏返すなら、伏兵が割り込む可能性がある。この会話は時間稼ぎか……ヤツを『深淵夜』に呑み込んでいる間に仕留める――
ブラットは『深淵夜』の中に居るシヴァを明確に捉えると『魔剣ヴェノム』を引き、切っ先を向けた。
「どの国にも“戦士”が居た。更に“反発勢力”、“裏切り者”、“薬物”、“後ろ暗い過去”も全て持っていた」
するとシヴァの“陽気”が『深淵夜』から漏れ出てくる。
ブラットが動いたのは本能に近かった。
『深淵夜』を凌駕する程の“陽気”は、こちらの想定を越え始めたのか……この男は今、確実に始末せねば『ナイトパレス』が滅ぶ可能性がある。
『魔剣ヴェノム』の切っ先がシヴァの背後を貫――
「この国も例外じゃねぇ」
「! かっは!?」
放った突きを避けられたブラットは、その首を捕まれると、片腕で持ち上げられ近くの壁に押し付けられる様に叩きつけられた。予想外の事態に思わず『魔剣ヴェノム』を手放す。
馬鹿な! ヤツはこちらを何も視認できなかったハズだ! 今も『深淵夜』の中にヤツはいる! 私を捕まえている感覚さえも無いハズ――
「馬鹿な。何故見える? とか思っとるじゃろう?」
ブラットを宙吊りにしながらシヴァは告げる。
「ソレは、お前が“戦士”じゃ無いからじゃ」
「くっ……」
呼吸を確保するために、ブラットは両手でシヴァの腕を掴む。
「先代【極光剣】は倒せたのに……なぜ? 『太陽の民』は夜の中では力を発揮出来ないのに……なぜ?」
ブラットの心情を読むシヴァの腕に力が入る。
「太陽を覆ったからと言ってワシらがお前らに泣きつく事はねぇ」
ジジジ……とブラットの首が焼け始める。
シヴァはブラットの予想どおり、捕まえている感覚は何もない。だが、確実に命を握ってることだけは本能が感じ取っていた。
「敵が目の前にいるなら拳を握り、前に出る。殺された仲間の仇は必ず討つ。言っとくが、ワシら『太陽の民』は全員、こうじゃけんのぅ」
ヤツは見えていない。しかし、シヴァの刺すように視線は確実にこちらを捉えている。
その瞬間、シヴァの身体から『魔剣ヴェノム』の切っ先が突き出た。
「――――」
ソレはブラットが『魔剣ヴェノム』を意図して引き寄せたのだ。
シヴァは身体を背後から貫かれ手の力が抜ける様にブラットを手放した。
「……化物め」
ブラットは半分焼けた首を押さえながら呟く。
流石に何も感じない所からの奇襲は反応出来なかっ――
「おう、何じゃこの剣は」
「!?」
『魔剣ヴェノム』に貫かれたシヴァは、自身から突き出た切っ先を握ると、バキンッ、と破壊。
そして、膨れ上がる“陽気”が『深淵夜』を完全に吹き飛ばし、その威力にブラットも巻き込まれた。
「くぁぁ!!?」
その“陽気”は余波だけでも凄まじく、何とか耐えしのぐも、表面が焼けただれる。
『魔剣ヴェノム』は切り傷をつけただけでも猛毒が全身に広がる呪剣。生物へ決して逃れられない死を与える魔剣に貫かれるだけでなく……この男は――
「お前、何か勘違いしとりゃせんか?」
“陽気”に精霊化したシヴァは、『太陽の大地』より膨大な“陽気”を経由する存在として場に降臨していた。
「ワシの事を何とか出来れば『太陽の民』は終わりじゃとか、そんな事を考えておるのなら、つくづく……甘いわ!」
ブラットは今、初めて理解した。シヴァは『ナイトパレス』にとって決して相対してはならない存在だったと言うことを――
「『戦士長』ちゅーのは、『太陽の民』全員から認められた中で最も強いモンがなるんじゃ」
『戦士長』にして『三陽士』【極光波】――シヴァは細眼を薄く開く様にブラットへ見据える。
「ワシらの恩情で発生した“盟約”じゃが、もう期限切れじゃ。この『太陽の大地』は返して貰うで」




