第17話 龍の長
「……」
その老人は殆んど寝たきりで横の窓から外を見ていた。
暗黒社会最大組織『龍連』頭目――王龍天は己を蝕む病に迫りくる死期を悟り、眼には力がない。
「頭目」
「……シンか」
龍天を護る数多の護衛達が道を開ける。
彼は『龍連』のNo.2であり、龍天の息子でもある地真。
父が病に伏せてから組織の動きを全面的に任されている。
「“珠”に関する情報が入りました」
「こんにちは」
「!?」
その場にいる龍天以外の全員が、いつの間にか部屋の中にいたゼウスに驚愕する。
「ゼウスの姉さん。急に現れるのは止めてくれ」
「ふふ。そうね。テンの心臓を止めてしまうかもしれないわね」
「縁起でもねぇ……」
「お前達、外せ」
その言葉に護衛とチシンは、ゼウスと龍天の二人を部屋に残して外で待機した。
「調子は? テン」
「良くはない。眠れば二度と目覚める事はないかもしれん」
「そうかしら? 貴方はまだまだ生きるわ」
「気休めだ。お前が羨ましい、ゼウス」
【千年公】ゼウス・オリンは噂以上の存在だった。龍天は、その豊富な知識に幾度も驚いたのである。
「若い頃はいつでも死ぬ気だった。血と鉄の中で死ぬのなら何も未練はなかっただろう」
「テン。死ぬのは誰だって怖いわ」
「お前もか?」
「ええ」
「……不老、又は不死。まだまだ生きたいのだ。ゼウス」
「それは良くない事よ。永遠に生きると言う事は、永遠に別れを経験すると言うこと。心が壊れてしまうわ」
「お前は壊れていない」
「私はずっと一人だったからよ。一人なら何もいらない。世界の模様をずっと歩いて見てきたから」
「だが……今はクランを持っている」
「ええ。ほんの少しだけの寄り道。皆の問題が解決したら気ままな独り旅に戻るつもりよ」
「……ゼウス、ワシは――ゴホッ!」
途端に龍天は咳き込み始める。咳は止まらず、血を吐き出すまで激しさを増すも、止まらない。
その様子を部屋の外で聞いていたチシンは構わずに入ってくる。
「! 親父!」
「地真、水を持ってきて」
「姉さん! 親父は――」
「早く!」
チシンは部下に指示を出して水を持ってこさせた。その間にゼウスは懐から一つの薬を取り出す。
「ゼウス……ゴホッ! ゴホッ!」
「喋らないの」
「ワシのやっている事が……愚かだと思うなら……ここで見捨てろ」
「そんな事を今は聞きたくないわ」
「ワシを生かすのは……ゴホッ! お前が……ワシの考えを……肯定すると言う事だ」
「ねじ曲がった解釈はやめなさい」
「水です」
ゼウスは、ありがとう、とコップのそれを受け取ると薬を水に溶かし、龍天に飲ませる。
「ゴホッ……ゴホッ……」
「ゆっくり、落ち着いて」
その声に呼応するように咳き込みは収まると、龍天は疲れた様にベッドに伏せる。
「……」
「テン。貴方は永くない。受け入れられないかもしれないけど――」
「ゼウス。ワシは信じている」
龍天はゼウスを見る。
「友として“珠”を見つけたら持ってきてくれると」
「……」
「シン。ワシは少し眠る。友を丁重に送れ」
「はい」
ゼウスはチシンと共に部屋を出た。
「まったく……人の話を聞かないんだから」
龍天に呆れる様にゼウスは閉まった扉を見た。
「姉さん」
「なに?」
「いつも、姉さんのおかげで頭目は生きていられます。ありがとうございます」
「止めて、シン。私のやっていることは決して正当化される事じゃないわ」
「では、何故助けてくれるんですか?」
「テンに間違ってると教えるためよ」
ゼウスの言葉にチシンはそれとなく察していた。
「やはり……“珠”に願いを叶える力はないんですね?」
「実物を見ないと解らないけど、その力はあると思うわ」
「なら……親父の病は治ると?」
「可能でしょうね。けど――」
それは意味がないかもしれない。何故なら――
「世界がソレを認めないわ」
「……俺には姉さんの言う小難しい事はわかりません」
「解らなくていいの。それと“珠”の件は――」
「『教団』に一つある」
『龍連』は既にその情報を掴んでいる。
「どうする気?」
「三つの“珠”の存在を確認出来たら……奪取に向けて戦争を仕掛けます」
「全く……躊躇い無しに言うんだから」
ゼウスは呆れた。チシンはその時が来れば本気の本気で“珠”を狙って他勢力と戦闘に入るだろう。
「……全員なんですよ」
そんなゼウスの呆れ顔にチシンは笑う。
「この遺跡都市へ親父に着いてきた面子は皆、親父に救われた奴らなんです。誰もが親父には生きていて欲しいと心から願ってる」
「……馬鹿ね。周りが不幸になる度合いの方が高いじゃない」
「姉さんみたいに、身内以外に気をかける知識も経験も力もないですからね。けど、俺らはそれで十分なんですわ」
ゼウスは多くの人間を見てきて稀に見る、“輝き”を遺跡都市の『龍連』達から感じていた。
それは無粋な考えを持たない、とても綺麗な光で、思わず助けてしまったのだ。
「何年も生きてるなら、身内以外は皆殺しなんて事は姉さんは何度も見てきたでしょう?」
「貴方達は全員ばかよ」
「こいつぁ、手厳しい」
血と鉄の中でしか生きられない暗黒社会。その王座に君臨する組織である『龍連』らしい思考にゼウスは呆れるしかなかった。
「だから姉さん。もし“珠”を手に入れたら俺たちに回して下さい。頭目も困りますし、姉さんのクランと殺りあいたくは無いですから」
「そうね。私もテンとはそんな最後にしたくないもの」
そうならない様に今は祈るだけだ。




