第133話 『万物両断』が斬れないモノ
何でも斬る刃。
それは剣士ならば誰もが一度は志す事である、子供の夢の様なモノ。
だが、己を知り、技を知り、世界を知るにつれて、そんなモノは絵空事だと気がつく。
しかし、それを現実にした男が極東の島国に居た。
彼の前ではあらゆるモノが平等に断たれ、防ぐことが叶わない技量も持ち合わせている事から誰も勝てない――
否、そうではない。
“何でも斬る刃”に斬れないモノは存在する。
ヤマトの刀が止められた所をアマテラスは初めて見た。
まだ、ヤマトの技に僅かな“未熟”があった頃に、避けられたり、流されたりした事はあったが正面から止められた事は一度たりとも見たことが無い。
故に驚くのは必然。同時にここから先の“物語”がどの様なモノになるのか子供のような眼でワクワクしていた。
「やはり、私に永遠に消えぬ物語を与えてくれるのはローハン様なのですね!」
「なるほど……考えたわね、ロー」
興奮するアマテラスとは対照的にゼウスは感心する。黒く塗り潰されたローハンの腕は【オールデットワン】を部分発動していると見る。そして、
「そうね、いくらヤマトでもソレは斬れないわ」
そう言う使い方もあるのね。
『万物両断』を防いだ理由にも気づいていた。
私の刃が止められた。これは――
「コレは一体なんだ?」
ヤマトは『万物両断』を止めているローハンの黒い腕を見てその正体よりも別の確信が心に宿る。
やはり……私の刃を磨げるのはローハン・ハインラッドだった。と――
「お前は何でも斬る。そこに物理的な硬度の制限はない。だが……いくらお前でも、“既に斬った”と言う概念までは斬る事が出来ない」
【オールデットワン】は受けたダメージを蓄積する。言うならばダメージの“概念”を負債として抱える様なモノ。その仕組みを完全に理解しているローハンは部分的に【オールデットワン】を発動。
存在概念を“斬られた状態”として維持する事でヤマトの『万物両断』を受け止めたのである。
「それは――」
「そうこれは――」
ゼウスとローハンは同じ結論を口にする。
「世界に干渉する事を前提とする魔法――言うならば『夢魔法』に分類されるモノだ」
ヤマトが踏み込み、刀を振るう。相変わらず高い技量の太刀筋は見切れないが、致命傷となる一閃はヤマを張り【オールデットワン】の腕で握り停止させる。
動きを止めた。その瞬間、『土魔法』による背後からの拘束と正面から空いた片腕に『雷魔法』を這わす。
前後からの同時攻撃。ヤマトは――
「――――」
『雷魔法』の拳を『反射』し、オレを吹き飛ばす選択を取る。すると背後からの『土魔法』による拘束が纏わりつき――
「…………」
スゥ、と常識外の『摺り足』で『土魔法』をかわした。
「やっぱり……か。ヤマト」
ようやく、『反射』の欠点がスケて来たな。
「『反射』で返せる事象は一つだけ。そんでもって、次の発動にはインターバルがある」
ヤマトの『反射』は超常的なレベルであるが、それでも世界の法則に縛られるのなら限界がある。
『反射』本来の“受けた事象を跳ね返す”と言う特性は変える事が出来ないのだ。
故に同時攻撃に対してはどちらか片方しか『反射』する事が出来ない。
「……感謝する。ローハン・ハインラッド」
唐突にヤマトが語る。
「この仕合、私の刃を研ぐ一戦となる。更なる境地へ――」
「ふざけんな、テメー」
まだ強くなる余力を残してやがるのかよ!
ヤマトが踏み込む。やっぱり神がかった『摺り足』による接近は読めない。一刀は【オールデットワン】の肘を立てて受け止める。
「行く――」
ソレはオレの眼にはコマ送りのように映った。
肘で刀を止められたヤマトは、流れる様な身体捌きで刀を引き、下から斜めに切り上げる一閃で――
「――マジか、お前」
オレの身体を斬りつけた。
そう。『万物両断』を防ぐ手段を持ってたとしても放たれる刃に受けさせる技量が無ければ意味が――
「強さこそが全て――」
次の呼吸をする前にヤマトの刀はオレを首を飛ばす。
オレが一手動く間、ヤマトは三手動いた。
踏み込み、切り上げ、断首。
全て無拍子。全て防げない。その動きを全て追いかける事はオレには出来なかった。だが、
「多分、剣を使う奴の本能なんだろ?」
「――――」
ヤマを張る事は出来る。
奴の刀が首を凪いで来る事にオレは賭けた。故に首部だけを【オールデットワン】に変位させ、『万物両断』の刃を受け止める。
もし、オレの身体のどの部位でも【オールデットワン】と成れる事をヤマトが知っていたら結末は違ってたかもな。とにかく、
「賭けはオレの勝ちだ」
ヤマトから一呼吸の猶予を得た、この隙を逃さん。オレはヤマトが切り上げた時から『音魔法』の発動に入っていた。勢いよく両手をその場で閉じる。
「『音破』」
その『音破』の拡散をヤマトは『反射』するべく意識を集中していたのでオレは、パン、とその場で手を叩いた音だけを聞かせてやった。
「――――」
「フェイントだよ」
コンマの間を置いて『音破』が拡散。至近距離のオレと『反射』出来なかったヤマトはビリビリと大気を震動させる波によろめいて数歩距離を開ける。
オレに至っては、そのまま尻もちをついた。
ゼロ距離の『音破』……クソ、完全に防音が出来なかった。
その間を取っていたらヤマトの『反射』を許していただろう。三半規管をやられ、世界が揺れているが戦闘の継続は可能だ。
ヤマトに至ってはモロに受けたので世界が回転しているハズ。
「…………」
ヤマトは膝こそ崩れなかったが額に手の平を当てて首を振っている。そして、オレに視線を向ける。
おいおい……冗談だろ?
しかし、歩き出した所でフラついた。
「ったく……しっかり効いてるじゃねぇか」
ビビらせやがって。
しかし、オレも斬られた傷は安くない。激しく動けば出血するが……そうも言ってられない。
立ち上がり、可能な限りの搦め手でヤマトを拘束する。
その時、ある魔法の発動を感じた。今のは――
「そこまでよ」
すると、マスターが立ち上がり声を上げた。
「今、この御膳仕合は意味を失ったわ」




