マデラインの瞳 5
アリステアは、イリナに刺繍を入れてもらったハンカチを改めて自室で広げてみた。
四隅の御柳はそうではなかったのだが、絹と麻の2枚とも、中央に配した御柳の花冠の部分が銀色に輝いているのだ。
これは妖精の森にある、泉で啓示を受ける時に作る花冠そのものだ。
しかもこの見え方は妖精の姿が見えている者、妖精の光の玉が見える者の感覚なのだ。
彼女はそれを全く知らない筈だ。御柳の花自体を知らなかったのだから。
偶然にしても、酷似し過ぎている。無意識だとしても、こんなことがあるのだろうか?
まさか彼女は妖精公爵の血族なのか?
そんなことがあるのだろうか······。
やはりもう一度だけ確かめてみたい。
今度は花冠だけの図案で刺繍を依頼してみよう。それでまた同じ状態になったら、その時は父上か伯父上に相談すればいい。
妖精公爵一族にもまだ知らないこと、わかっていないことはあるのだ。
モンタークとモンサーム以外の妖精公爵一族がいても不思議ではない。
市井に紛れて、本人すら知らないなんてこともあるのかもしれないのだから。
アリステアは、自分が啓示の相手ではないイリナに惹かれているのは、もしかしたら伴侶などの相手としてではなく、同族という感覚で惹かれているのかもしれないと考えた。
それならば納得がいく。
もしも彼女が本当に一族だったならば、遠慮なく援助や保護ができるようになるだろうから、それはそれで嬉しいことだ。
「急がないものだから、余裕のある時にゆっくりやってくれてかまわないから」
アリステアからそう言われていたにも関わらず、イリナは依頼の品を早々に仕上げた。
御柳の花冠は、また銀糸を混ぜて刺繍したように仕上がっていた。
「今回も見事過ぎて唸ってしまうよ。変なことを聞くけれど、君はもしかしたら妖精の姿が見える人だったりするのかな?」
イリナは何のことかわからずに、キョトンとした表情をしている。
「申し訳ありません、他の方の品物はこのようにはならないのですが、団長様のご依頼の御柳を扱ったお品だけが、このように銀糸を混ぜたような仕上がりにどうしてもなってしまうのです。何度も他の布で試しても、同じようになってしまうのです」
イリナは他の布で試したものも見せた。
「妖精の輪みたいだね」
「見たことがあるのですか?」
「えっ、ああ、いや、そんな気がしただけだよ」
(これは本当に、彼女は一族かもしれない)
「君のご家族や親戚にこの御柳の花のような髪色の人はいたりしないのかな?」
「え······、いいえ、おりません」
アリステアの質問にイリナは驚いていた。その髪の色ならば自分しかいなかったからだ。
「その髪色の人は何かあるのですか?」
「ベシュロムでは『妖精のいたずら』なんて言われて揶揄されてしまっているけれど、シャゼルでは妖精の祝福を受けることができると言われていて縁起が良いものなんだ」
「まあ、そうなのですか?初めて知りました。御柳は不思議な花なのですか?」
「妖精の守護の象徴と言われているようだね」
「そうだったのですか」
勢いよくドアが開くと背の高い騎士が入って来た。
「団長、こちらにいらしたのですか」
イリナはその騎士の髪に目が釘付けになった。それは自分と同じ髪色をしていたからだ。
(確かこの方は副団長様だったかしら?)
「どうも、ノエル·デジレです、どうぞお見知りおきを」
ノエルはイリナの視線に気がついてそう挨拶した。
「イリナと申します、こちらこそよろしくお願いいたします」
(あら?よく見るとお二人は髪色は違うけれど顔立ちとか雰囲気が似ているような······ご親戚とかなのかしら?)
そのままじっとノエルを見ているイリナにアリステアが咳払いをした。
「えっ、ああ、俺の顔に何かつていますか?それとも珍しいこの髪ですかね?」
「も、申し訳ありません、お二人がよく似てらしたので、ご親戚とかなのかと思ってしまいまして」
「似てますか?!俺と団長が?」
ノエルが驚きを露にした。
「そうそう、よく似ていますよ」
「似ています、似ています」
「兄弟とまでは言えないけど、従兄でも通用しますよ」
イリナ達のやり取りを聞いていたのか、他の繕い部の女達もここぞとばかり話に加わった。
ご婦人達の注目の的、騎士団の美の双璧が今この繕い部に揃っているなんて、これ以上の目の保養はないのだ。
「そんなに似ているかな?」
当の本人達は、腑に落ちない顔をしている。
「「「似ていますとも!」」」
老若の女達の圧に押されて男二人は反論するのは控えた。