フェネラの髪2
イリナがあと半年で卒業という時期になったある日、継母はあろうことかイリナに断りも入れずに学園中退の手続きをしてしまった。
流石のイリナも激怒して、父に継母の横暴さを抗議した。
だが父は、言うことを聞けないのであれば出て行けと言い放ち、そのままイリナはエステリ子爵家を勘当されてしまった。
あまりのことに愕然としたが、では、妹アリシアはどうなるのかと問うと、イリナ達の亡くなった生母の実家であるブノワ子爵家に養子に出すと言い出した。
結局、自分と妹は父に捨てられたのだ。父がここまで継母の言いなりになるとはイリナの予想の範疇をはるかに越えていた。
妹は養子先で引き続き学園にも通わせてもらえることになり、その後すぐに男爵令息との婚約も成立した。
取り合えず妹の将来については心配がなくなったことは、せめてもの救いだった。
イリナは成人していたため、叔父からは引き取るのを渋られてしまった。働けるなら自立して欲しいと。
それに、「妖精のいたずら」という特殊な髪色のイリナは、叔父家族からは浮いてしまうことも原因だった。
妹のように母と同じ髪と瞳を持たないイリナは、新しい家族として対外的に目立ってしまうからだ。
父が自分に愛着が薄かったのも、母と自分の子には見えないこの髪色のせいでもあった。
好きでこの髪色に生まれて来たわけではないのに。それを訴えたところでもう何も変わりはしないのだ。
イリナは正式に王城の繕い部で雇ってもらい、敷地内の寮で暮らすことになった。
子爵家からも追い出され、学園も中退という身分では平民と変わらない。
平民だってちゃんと卒業して社会に出ている人達もいるのに、それすらさせてもらえなかったことが、イリナの人生に暗い影を落とした。
(この先自分はどうなるのだろう。これでは結婚も満足にできないかもしれない···)
イリナには繕い物と刺繍の仕事で今をなんとか生きて行くしかなかった。
寮の部屋は狭かったが、行き場所のないイリナには個室で寝泊まりができるだけでもありがたかった。掃除や洗濯も少しは実家でやらされたことがあったので、侍女のいない生活にも慣れるのは早かった。
食事は城内の食堂で食べることができるので随分助かっていた。
ドレスすら持ち出せずに家を追い出されてしまったが、なんとか持ち出せた少しばかりの宝石類を売って、必要になったらそれで対応しようと思った。
お金や宝石を、部屋に備え付けの鍵付きの引き出しにしまうのは、それでも心配だった。
お仕着せに宝石を入れた布袋を内側に縫い着け、 胴着をほどいて中にお金を入れて縫い直した。
これなら盗難されにくい筈だ。
繕い物の仕事をしはじめてから、上着やズボン、ベストや帽子などの衣服の隠しポケットを施した細工をいくつか見たことがあり、それを参考にして自分もやってみたのだ。
イリナは新品の布に施す刺繍も好きだったが、使い込まれ何度も修繕に出されたものを直す仕事はもっと魅力的なものだった。
今まで知らなかった技法も教えてもらうと、繕い物の種類も増えていった。
みな工夫しながら必死に生きているのだなと、そんな生活の知恵、逞しさにイリナは人の持つ生命力を感じられて、この仕事が好きになった。
「あんた、嬉しそうに仕事をするねえ」
「はい、 このお仕事は楽しいです」