マデラインの瞳 3
「学生?」
気になる令嬢について繕い部の長に確認しに行くと、アリステアは早速意外な情報を得た。
「ええ、学園から直行して仕事に来ていますよ。家には迎えの馬車で帰っているようですが」
「何か事情をご存知ですか?」
「うーん、あの娘、自分のことについては話さないからね。こちらが聞いてもはぐらかされてしまうし。でも真面目で腕もいいから助かっていますよ」
彼女はイリナ·エステリ子爵令嬢だということは確実にわかった。
これ以上興味本位で他人の事情を探るのは悪趣味になってしまうから、軽い世間話程度にしておくのが無難だろう。
アリステアは彼女がまだ学生だと知って、家庭の事情による苦学生だとしたら、何か力になってあげたいなどと既に思ってしまっていた。
彼女は啓示の女性ではないというのに。
それなのについつい気になってしまう自分に呆れていた。
「団長殿が繕い部にわざわざ訪ねて来るなんてどうしたんですか?」
こちらも要らぬ詮索を受けてはたまらない。彼女にも妙な噂が立っては迷惑だろう。
「イリナ嬢に贈答用の刺繍を頼みたいのだが」
彼女の刺繍の腕前を知れるし、彼女に会う口実作りに、そんな注文まで入れてしまう自分に、つくづくこれは重症だなとアリステアは心の中で苦笑した。
彼女の瞳の色の女性ならば他にもいるにはいるが、彼女のようには惹かれない。
菫色の瞳を持つ女性ならば誰でも良いわけではないのだ。
それこそが自分の好みというものなのかもしれない。
この先マデラインの瞳とフェネラの髪を持つ女性を仮に見つけたとしても、その相手に自分が好意を抱けなかったらどうなるのだろうか?
それを妖精達に尋ねても、何の返答もない。大事な時に、最も聞きたい時に答えてはもらえない。
答えてくれたとしても核心に触れてはくれない、そんなことが珍しくないのが妖精なのだ。
「先日はご親切にありがとうございました」
イリナはまずは騎士団長に礼を伝えた。
「また、この度はご注文もありがとうございます。どのような刺繍をご希望でしょうか?」
「これを図案にお願いできるかな?」
アリステアが1枝の花を差し出した。
「この花は初めて見ました。こちらの花の名前はなんと言うのでしょうか」
イリナが手渡されたのは、針状の緑の葉に薄紅色の穂のような花だった。
「御柳と言います」
「繊細で可愛らしい花なのですね」
「我が伯爵家とモンターク公爵家の家紋にも使われている花です」
初めて見た花を刺繍できることにイリナはわくわくしていた。
「珍しい家紋なのですね。こちらをどのような図案と配置にいたしましょうか」
目を輝かせている彼女をアリステアは眩しげに見た。
「四隅と中央にそれぞれ一房ずつお願いできますか」
「かしこまりました」
1枚は絹、もう1枚は目の詰まった高級な麻のハンカチーフへの刺繍だった。
騎士団長様は、これをどなたに贈るのだろう。ほんの少しだけ気になった。
「こちらはご婦人用でしょうか?」
「いえ、自分用です。余所行き用と普段用にですね」
「そうでしたか」
騎士団長様ならばご婦人方に贈り馴れていらっしゃる筈だし、数多の女性からも沢山贈られていることだろう。
「ではよろしく。楽しみにしていますね」
黙って佇んでいるだけでも美麗だが、微笑すると尚更端麗さが際立つ方だなと、イリナは眼福を味わいながら、去って行く彼を見送った。




