フェネラの髪 1
その日の学園の授業が終わると、王城へ直行するのがイリナ·エステリの日課になってから半年が経っていた。
子爵家の長女である彼女は、妹の学費を捻出するために、王城の繕い部で仕事を手伝わせてもらっていた。
彼女の仕事は美しく尚且早いので、学生ながら立派に戦力になっていた。雇い主には特に刺繍の腕を見込まれて、ハンカチやショール等へ刺繍を施す仕事が増えて来ていた。
エステリ子爵家が財政難というわけではなく、父の後妻が嫡男を産んだため、自分と妹の学費を継母に何割も削られてしまったからだ。
自分はあと一年で卒業だったが、妹はまだ学園に入学したばかり。自分の学費がなくなればもう少し楽になる筈だから、それまでは少しでも学費の足しになるように稼ごうと思っていた。
その日も仕事を終え、実家の迎えの馬車をお仕着せ姿のまま待っていた。
いつもより遅くやって来た馬車に乗り込むと、イリナはお仕着せの帽子を脱ぎ、被っていたカツラと眼鏡も外した。
「ふう」
自分が働いていることを学園の令嬢達には知られたくなかったので、眼鏡とカツラで変装していた。
「イリナお嬢様、お疲れ様でございます。お迎えが遅くなって申し訳ありません」
「いいのよ、ちゃんと来てくれれば」
「お嬢様を働きに出すなど、奥様は酷すぎます。旦那様だって黙認するのは冷たすぎです」
「二人共オリヴィエに夢中だから仕方がないわ」
まだ幼い腹違いの弟のオリヴィエ中心で子爵家は完全に回っていて、帰宅するとイリナの食事はもう下げられてしまっていた。
(また···か。迎えの馬車をわざと遅らせているのはこのためのせいなのかしら?)
「お姉様、お帰りなさい」
「ただいま」
妹には自分が働いていることは内緒だ。そうしないと自分も働くと言い出しかねないからだ。
王城へはマナーや刺繍を習いに行っていることにしていた。
着替えて厨房へ行き、残っていたスープを自分で温め直し、パンを浸して食べた。これが この頃のイリナの夕食の定番になりつつある。
料理も自分でできるようにならないとダメかしらね。
具だくさんのスープにすれば腹持ちも良い筈だから、まずはそれを今度作ってみよう。
それか、馬車の中で簡単に食べられるものを迎えの時に持って来てもらおうかしら。
明日はそれを頼んで見ることにしよう。
食べ終えた器を自分で洗いながら、あと一年の辛抱だから頑張なくちゃ。
イリナは自分を奮い立たせた。