不遇の騎士
「不遇の騎士を大抜擢」と近頃王宮で噂されているのは、この度着任した騎士団長のことだ。
ベシュロム王国の公爵家出身で、元王女殿下のお気に入りであった護衛騎士を父に持つアリステア·モンサーム伯爵令息は、父譲りの美貌と、父を凌ぐ剣術をもってしても王家から睨まれて、出世を妨げられてきた。
既に公爵家へ嫁いでいるアンジェリーナ元王女は、ことさら彼を目の敵にしていた。
それは彼の父が王女の熱烈なアプローチを断り続け王女を振った男であったからと言われている。
それが、半年前にアンジェリーナ公爵夫人が不慮の事故で亡くなられたことで、長い間真っ当な評価がされてこなかった彼を一気に騎士団長に押し上げた。
実力も人望も十分で、不遇ぶりに同情すらされてきた彼の出世を悪く言う者はほぼいない。
父の精悍さを少し薄めて、そこに甘さが加味された絶妙な伯爵家令息の美貌は、ご婦人方の心を奪い人気の的であるのは言うまでもない。
「次期伯爵家当主なのに、なぜこんな理不尽な目に遭いながら、他国で働いているんですか? 今回団長になりましたけど、元々出世欲なんてないじゃないですか」
アリステアに次ぐ美形と騒がれている副団長はそれがいつも疑問だった。
「ないねぇ、出世欲は」
「じゃあ、なんなんですか?」
「嫁探しだよ」
「は?!」
副団長のノエル·デジレは、思わず落馬するのではないかというぐらいに驚いた。
「よ、嫁ですか? わざわざ隣国に?」
「うちはちょっとワケアリでね、普通の令嬢ではダメなんだよ」
「何ですかそれは······」
二人は互いに軽口を叩く程気心も知れている。
二人が並んで歩く姿や、今のように揃って騎乗している様はご婦人方の溜め息を引き起こすこと必至だ。
また、二人共まだ独身で婚約者もいないため、人気は過熱する一方だった。
しかも二人が結婚しないのは二人が実は同性愛の関係だからだと根も葉もない噂まで囁かれていた。
「ああ、君の髪のような女性がいいな」
「そういうのやめて下さい、誤解されるじゃないですか」
「ははっ。でも今から言っておくけど、本当に君と同じ髪色をした人が私の妻になる筈だよ」
ノエルの髪はこの国では珍しい薄紅色だ。
「その髪色は私の祖国では妖精の祝福を受けることができると言われているんだよ」
「またそれですか」
未来の奥方の話ははじめてだったが、妖精の祝福を受ける髪色の話はもう何度も聞かされて来た。
はじめて隊が一緒になった時に、「君ってなんだか他人のような気がしないんだよね」と言われたのはこの髪色のせいだ。
騎士なのに変なことを言う人だなと思っていたら、「なんせ妖精公爵だからね」と自虐的に彼は笑っていた。
「第二王女殿下(未亡人)があなたに夢中という噂ですけど、どうするんです?」
「うちの妹がシャゼルの王子妃候補なんでね。一つの家門に権力が集中し過ぎるのは良くないし、あちらも均衡が崩れるようなことはしないさ。バディム公爵夫人が亡くなったとしてもそれは変わらないだろうね。その前に妻を見つけてさっさとこの国を出て行くよ」
「さっさとって······」
ノエルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私は結婚相手を見つけるまでの腰掛けだからな」
「こっ······」
「すまないな、その時は君が団長を引き継いでくれ」
どこまでが冗談なのか、時々彼の本心がわからなくなるノエルだった。




