ルル 7
ソフィーとマルセルの恋人関係は3ヶ月で解消した。めでたく妊娠が確認されたからだ。
「絶対に男の子だわ」
「凄い自信だな」
「なんとなくわかるのよ、あなたの子ですもの」
「ノエルはどうかな?」
「いいわね。ノエル·デジレ伯爵よ」
この頃になると更に多忙になり各所でマルセルは引っ張りだこで、ゆっくり二人で会うのも難しくなってきていた。
それはこの国の王女アンジェリーナ殿下のお気に入りになっていたからだ。彼女はバディム公爵と結婚したがそれでもマルセルを離さなかった。
夜会に招かれ、彼女の物見遊山にも同行させられ、王城でも劇が観れるように専用の会場が作られるほどになった。
また、嫉妬深い彼女はマルセルの身の回りの女達を排除する動きが目立ち、このままマルセルとの関係を持つことがソフィーにとって危険が伴うようになって来たことも、関係解消を早めた。
エムとルルの関係は秘匿され、アンジェリーナの追跡はかわすことはできた。
「産まれたら必ず連絡する。私に子どもを与えてくれて本当にありがとう。あなたのことは一生忘れない。遠くから成功と幸せを祈っているわ」
「ルル、もしも万が一どうしても助けが必要になったら、どうかここを頼って欲しい」
マルセルが連絡先をメモしたカードを手渡した。そこに記載されていた家名にソフィーは驚愕した。
「嘘でしょう? あの公爵家だなんて」
「親戚なんだ。俺は分家の隣国の伯爵家の生まれだよ。もうひとつの連絡先は、法律に強い親戚だから、困ったら頼ってくれ」
「ありがとう。心強いわ。最後に教えて欲しいのだけど、あなたの本名はなんて言うの?」
「クリス·モンサームだ」
***
その年の終わりが近づくと、マルセルに子どもの誕生を知らせる手紙が届いた。
封筒の中には、小さな髪の毛の束が同封されていて、その髪は薄紅色をしていた。
マルセル同様にノエルは妖精公爵の末裔であり、妖精の祝福を与えられた者なのだ。
ノエルが成人して結婚する際には、それを説明しないとならないだろう。
その時はルルと共に全てを彼に話そう。
ソフィーは、領地運営を滞らせていた父の爵位を法的な措置を駆使して取り上げた後、正式にデジレ女伯爵となり、嫡男のノエルが次期当主に確定した。
一年限りの白い結婚は、没落寸前の子爵家嫡男に経済的援助をする条件で成立させた。
後妻は爵位を失った父を見限り、彼女の産んだ父には似ても似つかない女児と共に伯爵家を去った。彼女は半年もせずに連れ子と共に再々婚した。
それから数年後、マルセルは公演先の会場に捨てられていた孤児を引き取った。
その小さな子どもに名前を尋ねると聞き取りにくかったので、何度か聞き返すと
「ピッパ?」
「うん」
「フィリパ?」
「うん」
「ピッピ?」
「うん」
全て肯定するので、マルセルは困惑しつつ笑ってしまった。
「ははは、どれが君の本当の名前なんだい?」
その子を抱き上げたマルセルに、ドニは「ピピ」にするよう熱望したので通称ピピに決まった。
男児だとばかり思い込んでいたピピが女児であることに気がついたドニは、ピピを実の妹のように溺愛した。
ピピは後年、デジレ伯爵家へ行儀見習いへ行くことになる。
彼女の髪もまた薄紅色をしていた。
妖精公爵の末裔達は、あの色味には滅法弱いのだ。




