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ルル 6

ソフィーが帰宅すると義母が待ち構えていた。

「どの令息にするの?私が選んであげましょうか?」

表向きは親切そうに振る舞い、にこやかだが、目が笑っていないし、言葉の裏に刺があるような冷たさを感じるのは気のせいだろうか。

集められた釣書に目を通せという催促だった。

「お気遣いありがとうございます、じっくり選んで決めようと思います」

「良い嫁ぎ先は早い者勝ちだから、迷っているうちに行き遅れないようにね」


(私を早く追い出したくて仕方ないのね)


「できるだけ長生きしそうな殿方が良いですね。せっかく嫁いでもすぐ未亡人になるのは嫌ですわ」


いくら富豪でも年配者ばかりの釣書に呆れるしかない。

これはソフィーの結婚に持参金を出したくない、出さなくても嫁げる嫁ぎ先だけを持って来たということだ。

娘の結婚の持参金をケチるなんて、没落貴族じゃあるまいし。

こういうところからして、父も義母も貴族として自覚や品格が足りないのよ。

持参金は家や親の見栄だけではなくて、嫁ぐ者への配慮や愛情の証でもあるのに。

まともな嫁ぎ先も、持参金すら用意しようとしない父を、ソフィーは心底見限った。


ふと、マルセルの姿が浮かんだ。あの人の方が余程貴族らしいのではないかしら?


もしも結婚するなら、話しやすくて歳の近い人がいい。

でも私は結婚よりも、まず当主になるのよ。




「どういう殿方ならば、結婚せずに子どもを作ってくれると思う?」

「ブフッ···」

マルセルは飲んでいた紅茶を吹いた。

「親が持って来る釣書はお年寄りばかりなのよ」

「·····結婚するんだ?」

「子どもを妊娠できたら、別の人と1年だけの白い結婚をしようと思っているの。そうすれば別れてもその人の子どもだと世間には思わせておけるでしょ? 子どもを父無し子にはしたくはないから」

「······そこまでして」

「相当イカれているでしょ?でももうそれしか方法がないの」

近頃マルセルは、すっかりソフィーの話し相手にされてしまっていた。

真剣にそんな妊娠と契約結婚計画を語る彼女はすっかり彼に心を許している。

その代わり、彼女の恋愛相手としてはマルセルは全く眼中になさそうだ。


「それで、子どもの父親になる相手は見つかったの? まずはそこからだろ?」

「······それが、まだで···」


( 彼女は普段は賢いのに、こういうところが抜けているというか奥手なのが、危なっかしくて放っておけなくなるんだよな···)


「いないなら、その役、俺が立候補しようか?」

「······えっ」

「俺はこんな仕事をしているから、君と結婚して貴族になるなんてできないし、なるつもりもない。誰とも結婚するつもりはないし求めてもいないから、最も都合が良い相手じゃないか?」

「でっ、でも」

「君さえ良ければ、いつでもいいよ」

マルセルはそう言うとソフィーの亜麻色の髪の1束を手に取ると、その髪先に口づけをした。

「······!」

「君とは信頼できる友人にはなっていると思うけど、今から俺の恋人になってくれないか? ただの種馬みたいな扱いは嫌だからね」


***


「そんなガチガチだと、まるで君を俺が襲っている犯罪者みたいでできないよ」

ベッドに二人で横たわってから、1時間以上経ってもソフィーの極度の緊張は解けなかった。


「焦る気持ちはわかるけど、これじゃあまだ無理だよ、急がない方がいい」

「······わかったわ」

ソフィーは目の上に組んだ両手を乗せた。自分の情けなさに泣いているのを隠すためだ。

もしも釣書の高齢男性と結婚したら、初夜にその男性とやらねばならないことを想像すると恐ろしくてたまらなかった。

マルセルとすらこんな状態に陥ったのに、これがマルセル以外の相手だったら、その場で逃げ出していたか、相手を怖れから殺してしまうのではないだろうか。


ソフィーは子どもの頃、外出先で変質者にいたずらを受け連れ去られそうになったことがあった。侍女が気がついて連れ去られはしなかったが。

中年の貴族男性の荒々しい息づかい、粘着的で卑猥な手つき、野卑た醜悪な相貌、悪夢のような体験はトラウマになった。


ソフィーが結婚を躊躇する理由のひとつにそれもあった。

そんなトラウマがあるのに子どもを欲しがるなんて矛盾していると自分でもわかっていた。


「······結婚するって、大変なことなのね」

「 俺は男だから想像もつかないけど、出産はもっと大変なことじゃないか?」

「······そうね、きっとそうだわ」

「何で君はそんなに思い詰めているの?」

「······」

ソフィーは答えられなかった。

マルセルはそんなソフィーの身体を優しく抱き寄せた。

マルセルの腕の中は暖かかった。母に抱かれるのとはまた違う、力強い安心感だ。

最後に父に抱き締めてもらったのがいつだったのか、思い出せないほど遠い昔のことだ。多分自分がトラウマから、父を避けて来たのかもしれない。

男性に抱かれる日が来るなんてとても信じられないが、マルセルには不思議と不快感は全くなかった。ただまだ慣れていなくて、どうしていいのかわからないのだ。


「君は俺とは真逆の道を歩いて行く人だ。俺は貴族が嫌で家を飛び出した。嫡男だったのに家も家族も何もかも捨てて逃げたんだ。でも君は、こんな無茶をしてでも、体を張って生家を必死で守ろうとしている。君は強いよ」

「やっぱりあなたは元貴族だったのね。初めて会った時から、そう思っていたわ。言葉づかいや所作が貴族のようなんですもの」

「貴族が嫌で逃げ出したのに、結局貴族におべっか使って取り入らないと生きて行けないなんて、皮肉だろう?」

剣が使え、貴族の所作も役者として難なくできるのは、実際に貴族として生きた過去があったからこそ、それに助けられて来たのだ。

「でも、後悔はしていないのでしょ?それでも俳優を辞めることは絶対しないわよね」

「レディ、よくおわかりで」

ソフィーは小さく笑った。

「···あなたならいいわ。あなたの子ならちゃんと伯爵家の当主に育て上げて見せる。あなたの子じゃなくちゃ、産みたくない」

「光栄の至り」

「私も後悔なんてしないわ」

ソフィーはマルセルの背に腕を回して、自分の身体を彼に預けた。

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