ルル 4
マルセルからもらった特等席のチケットは、用事ができて観に行けないという口実でマルセル好きの友人に譲ってしまった。
実際、ソフィーは観劇どころではなかったのだ。
父が愛人と正式に再婚したからだ。まだ妊娠はしていないが、もしも今後男児を授かってしまえば、伯爵家は後妻の子どもの物になってしまうだろう。
このようなことは別段珍しい話ではなくて、よくあることだ。
それでも、デジレ伯爵家は女系で繋いできた名家でもあるのだ。父ですら母の婿なのだから。
祖母も曾祖母もみなそうだったのだ。
私の代でそれを終わりにしてよいのだろうか?
父が再婚すること自体は文句はない。その相手がまともな女性ならば、受け入れることができたかもしれない。
父の愛人だった新しい義母は、男爵家の次女で離婚歴があり、父以外の男の影がちらつく、身持ちの悪そうな女性だ。
以前から家にやって来ると我が物顔で使用人をこき使い、亡き母の遺品を勝手に持ち出したり、売りさばくようなことをして来た、全く油断も隙もない人物なのだ。
父がこんな義母のどこに惹かれたのか、さっぱりわからない。
初めてマルセルに会った日も、知らないうちに勝手に売りさばかれた母の遺品を買い戻すつもりで多めの現金を持ち歩いていたのだ。結局それは買い戻せなかったけれど。
ソフィーは、父達の今後の出方次第では、爵位を自分で継ごうと決意していた。やっと成人し、未成年だったこれまでは父が後見人だったが、もうそれも必要がなくなった。
父は領主としても後見人としても名ばかりで、ほぼ役には立っていない。
母も祖母も亡くなってしまって忠告する者もいないから、今までは自分の好きにできていただけだ。
ぐずぐずはしていられない。義母に嫡男ができる前に、自分が跡取りとして地位を確実なものにしておかなければ。
そう思っていた矢先、義母が妊娠していたことが発覚した。
それは本当に父の子なのだろうか? ソフィーにはそれすら信じることができない。
そんな子どもにこの家を明け渡すことなどとてもできない。
女伯爵として、私がこの家を継ぐには今すぐ誰かと結婚するか、子を産んでしまうしかない。
私が嫡男を産んでしまえば、その子が家督を継げる。
婿を得ても嫡男を産めなかった母や祖母は悩んでいた。
母にも祖母にも、家はあなたが継ぐのよと常に言われて来た。
私が嫡男を産みさえすれば、全て解決できる。そう、今は結婚よりも嫡男を産むことの方が先決なのだ。
婿よりも嫡男が欲しいのよ。
家督を継ぐ正当な権利が私にあっても、義母に子が生まれたら、私はきっとこの家を出されてしまうだろう。
そうなる前に、なんとかしなければ。
父に呼び出されて部屋へ行くと、縁談話をされてしまった。
「お義母様が妊娠しているのは知っているね?」
「はい」
「この家は義母様の子に継がせようと思っているから、お前は少しでも良い条件の家に嫁ぎなさい」
これは想定内の台詞だ。
「もう少し猶予を下さい、それから相手は自分で選ばせて下さいませんか」
父に従うように思わせ、反意は示さないようにした。
「わかった、好きなようにしなさい」
「ありがとうございます」
ええ、これからは、私のやりたいようにやらせていただきますね、お父様。
デジレ伯爵家を私に継がせるようにと、亡くなる前に必死に父に頼んだ母や祖母の言葉や願いを、父はすっかり忘れ去っているのだろう。
きっちり私が嫡男を産んで、この家を継いで見せますわ。




